おまえは自分勝手だな、と云うおまえが自分勝手なんちゃう?

永里蓮
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xyz♯11
第一章「永里蓮、スロットに出会う」 



 再び山手線に乗り、原宿で降りてみる。竹下通りの雑踏でほんの少し絶望を覚え、いいぞ、このまったく関与できない、手の届かない感、と思いながら、不思議に歪な格好の女性たちを眺め、そのがちゃがちゃした風景を見ているうちに氷野にメールをしていた。

「今原宿です」 

 送信してしまった後で、猛烈に後悔し、が、時すでに遅し、駅に戻り、山手線に再乗車、代々木を通過、新宿で降りる。ふむ。でけえ。どっちがどっちだ? 有名なのは東口か? アルタ前、うん、見たことある。歌舞伎町。つうか本当に東京って人がいっぱいいるんだな。三宮だらけの神戸みたいなもんだな。だから何? そう、だから何なんだよ? 人がいっぱいいると絶望するのか? そうじゃないだろ? おれはもっと、もっともっと深いところで折られたいんだよ。ぽきっと。こんなんじゃねえ。こんなもんじゃねえんだ。どこに行けばそれを感じられる?

 狭い路地を歩いていると、フルスモークのメルセデス・ベンツSクラスが入ってきた。そこから出てくる男の容貌を見た瞬間、「兄貴」と口走っていた。

「は?」男は言った。

「兄貴やんか。よかった、ホンマに」

「何だてめー、やべー薬でもやってんのか?」

「兄貴、東京案内してくれよ。頼むわ」

「おいクソガキ。おれが笑ってるうちにどっか消えろ」

「兄貴い、たのんますよ。おれ、死にたいんすよ」

「はあ?」

「兄貴い……」

 おれはぶん殴られ、アスファルトに転がった。その間に男はどこかに消えていた。いってぇ……。でも足りない、まだ足りない。ただ、痛いのは嫌だな、と思った。それに、ショルダーバッグの中を検分されていたらと思うと笑えない。義父からもらった現金(すなわちおれの全財産)を持っていかれたら、すぐにでも死ねるな。でも、これを自分から捨てるわけにはいかないのだった。

 続いて高田馬場、池袋、巣鴨、後4つで一周やん、と思いながら上野で下車。いつしか夜になっていた。

 上野はおれの心を落ち着かせる雰囲気を漂わせていた。いや、何てことはない。家族で京成に乗ってよく来ていたからだ。既視感がおれを落ち着かせているだけだった。ありし日の動物園や、中華料理屋や、美術館や博物館。父がまだ生きていて、綾香や綾香の家族もいた頃のこと。

 西郷さんの像の下にあるベンチに座り、どうやって死のうか考えた。立ち上がると街並が見えた。と、強烈な既視感に襲われて、何だろうと考えていると、小高いところから現代の日本を見下ろすふたりの子どもであることに思い当たった。

「火垂るの墓」

 小さい頃、その映画を綾香と一緒に見た。綾香は知らない土地で迷子になってしまった子どものようにわんわん泣いた。おれは半べそ状態で憤慨していた。許せなかった。綾香を泣かしたものが許せなかった。でもその何かは、綾香の前で胸を張ったおれにとってもおそろしく、わけがわからなく、その日からしばらく夜が怖くて眠れなくなって、母の布団にもぐりこもうとした。お母さん、どうか死なないで、と心の中で懇願した。母はそんなおれを邪険に扱うのだった。

 その後、何かの折に映画を見返して、映画の舞台が神戸だったことを知った。綾香と見たときはもちろん気づかなかったが、彼らはええとこのお坊ちゃんとお嬢ちゃんだった。今の神戸にだって、阪急沿線、JR沿線、阪神沿線、という断層のごとき貧富の差がある。せつ子を亡くした清太は抜け殻のような状態で、たぶん三宮の駅でこと切れる。

 全然足りない、とおれは思った。おれの絶望は足りない。おれは頭を抱え、西郷どんはそんなおれではなく、犬と一緒にどこかを見つめていた。

 なあ、西郷どん、どないしたら幸せになれるん?

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