目が覚めた。……茶番だな、と思う。
永里蓮
xyz♯4
第一章「永里蓮、スロットに出会う」
翌日の放課後、おれはミキモトという男に呼ばれた。素行やら性格やら、あらゆる人間の内面的特性を差し引いたとしても、背が高く顔が整っているという点だけは評価せざるを得ないという感じの男で、要するに我が学年の女子から多大に絶大に人気のある先輩で、バスケ部のエースだとかいう人で、こいつと男子バスケ部のマネージャーをしている氷野は親しかった。マネージャーという仕事のどこに魅力を感じるのかおれにはさっぱりわからなかったし、嫉妬心もつのった。しかしそこは氷野の意志を尊重しなければいけない。そう思っていた。
「なあ、おまえらってどんな関係なん?」開口一番ミキモトは言った。
「はい?」
「付き合ってんの? アキと?」
「……いや、付き合ってはないです」
「あんな、おれアキのこと好きやねや。おまえらがそんな感じなんやったらさ、おれイっていい?」
「どういうことすか?」
「え、コクってもいい?」
「好きにしたらいいんじゃないすか。そんなん」
「ほな、そういうことで」
「……」
何なん? とは思ったが、でも度胸あるなあ、とも思った。正々堂々か。キモチワルイわあ。合わへんわあ。同級生ちゃうくて良かったわ。ブツブツ呟きながら家路に着いた。
その夜、氷野からの電話。
「なー、うち、ミキモトさんにコクられてんけど」
「ああそう」
「あんたに了解は得たゆうとったで。あんたそんなんゆうたん?」
「何も言うてへん。おまえとは付き合ってないって言っただけで、告白したいって言うから、勝手にしろや、みたいなことは言ったけど」
「あんた、それでいいん?」
「おまえが付き合いたいんやったらええんちゃう」
「ああそう」氷野は感情を押し殺した声で言った。「あんたは何も思わへんねんな?」
「おまえが付き合いたいねやったらしゃあないやん」
「そんなんちゃうやろ」
氷野は怒っていた。
「知らんで」氷野は言った。
でも、おれも怒っていた。だから「ああ」と言った。あんなやつに告白されたから、だからどうなのだ? そんなもんでおれらの仲は崩れるのか?
崩れたのだった。
数日後、手を繋いで歩くミキモトと氷野の姿を通学路で見かけた。沖に引いていく波のように、意識が大海原の向こう側に行ってしまいそうだったけれど、電信柱につかまって何とかこらえた。こらえたはいいが、余震みたいな感覚がしばらく消えなかった。震災からひび割れたままのアスファルトの上に蟻が行列していた。電信柱には犬の引っかけた小便の跡があって、そこが臭ったけれど、それでもおれはしばらくその場から動けなかった。
「なあ、何かあったん? おまえら」
おせっかいのタケの言葉を「知らん」と流す。
「知らんちゃうやろ。なあ、何かあったんやったら……」
「何もないって」
「それやったらええけど」
授業がとてつもなく長く感じた。ちらちらと目で氷野の姿を追いそうになる自分がいて、それを止めるのは難しかった。これが毎日続くのだ……。その想像は肉体の端々をついばんだ。未来をうまく思い描くことができなった。体の中心に空洞があるような気がした。そこに風が入っては抜けていった。
何かが足りない。でもお腹は空いてない。ノドも渇いていない。もしかしたら、好きとは足りないときにはじめて現れる感情ではないか。在ではなく不在。満足ではなく不満に陥らなければ発動しないのではないか。だとしたら、その感情が実を結ぶことはない。哀し過ぎへんかそれ?