親に録画を頼んだドラゴンボールのテレビスペシャル「バーダック編」。家に帰ると撮れていなかった。生まれて初めて死のうと思った。 

永里蓮

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第一章「永里蓮、スロットに出会う」 



 父が会社をクビになったのは、中学に上がった頃のことだった。
「おれな、リストラされたんだ」そう言ってうなだれる父の顔が、記憶にある最後の父だった。虚ろな父の目は乾いていた。不毛の土地みたいだった。両親が離婚したのは翌週のことだ。

 翌月、父は岐阜県の国有林の中で首を吊った状態で発見された。岐阜の名付け親は信長なんだ。そう語った父の姿を思い出した。

 葬儀には出ていない。その頃には母は再婚し、新しい住まいに居を移していた。義父は大阪で会社を経営していて、母もそこで働いている。違う。順番が逆だ。母は勤めていた会社の社長と再婚し、二人は大阪市内にある豪邸に住んでいる。で、おれは義父のマンションでひとり暮らしみたいなことをしている。複雑というほど複雑ではないし、かといって一口で説明できるほど単純でもない。まあ、何というか、おれの現実だ。

 同級生からは「何で一人暮らしなん?」とか、「金持ちか?」とか、「ええなあ」とか、「さびしない?」とか、そんなんを言われる。金持ちか、と言われれば、そうなのかもしれないし、さびしいと言えばさびしいが、義父と母親のいる空間で生活するよりは数段マシだ。

 東京弁喋ってねえな、と呟いてシャワーを止め、バスタオルで髪をぬぐい、丈の足らないバスローブをはおった。どういうわけか、この家にある備品は浮世離れしている。義父はここを別宅代わりに使っていたのだろう。あるいは愛人か何かが住んでいたのかもしれない。もちろんそんなことを義父の口から聞いたわけではないけれど、部屋に置いてあるものを見れば、何となく察しがつく。

 そのままリビングに戻る。冷蔵庫には缶チューハイしか入っていなかった。この前タケたちが遊びにきた時の残りだ。しょうがない。ぷしゅう、という音がリビングに響く。おれはそれを一口飲んで、ため息を吐いた。

     Φ Φ Φ 

 

「付き合ってください」

「はい」

 あの儀式は、いつから広まって定着したのだろう。

 おれたちは付き合ってるわけではない。おれは氷野のことが大好きだし、氷野もたぶんおれのことを好いてくれているとは思うけど、それでもあの定型文を使う気になれない。はじまりが儀式なら、終わりも儀式であり、その儀式から生じる言葉が怖いのだ。

「元彼」

 あんな嫌な言葉が他にあるか? 元カレがさあ~、元カノがさあ~、みたいな会話を聞くだけで吐き気がする。元? アホか。だってもうその実体は存在していないのだ。にもかかわらず、自分の所持品のように語るあの感じ。借金を持つみたいなアホらしさ。

 その関係を一度結んでしまったらほどくことができない。切る以外に方法がない。にもかかわらず、切ったら切ったで亡霊のようにという字がついてまわる。

 関係が切れてもまた結ぶ人もおるやん、と氷野は言う。考えすぎちゃう? 
 おれは氷野って呼ぶだけで充分やねんけど。そんなことを伝えると、氷野は笑いながら言った。

「あんたおまえしかゆわへんやろ」

「おまえやってあんたしか言わへんやん」

「なぁにー? 蓮くんって呼んで欲しい?」氷野はそう言って挑発してくる。おれは「別にー」と返す。

「別にーって、そんなギャルみたいな口調やめえや」

「何がー」

「キショいキショい。変な感じに語尾伸ばすなや」

 こんなのが楽なんだろうなと思う。こんな関係がいつまでも続くような気がしていた。でも、そんなことはやはりなかったのだった。


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