何でそんなものがあるか、理解できないことがあった。ジェットコースター、オバケ屋敷。何がおもろいねん? 探検家、スタントマン、空から飛び降りたり、ビルをよじ登ったり、綱渡りしたりする人たち。何がおもろいねん?


永里蓮
 
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xyz♯2
第一章「永里蓮、スロットに出会う」



 学校には戻らずそのままJRに乗って帰宅。エントランスのオートロックを解除する。エレベーターを待つ名も知らぬおっさんと挨拶を交わす。エレベーターは六階で停まり、おっさんは去り際に「さようなら」と言う。「さようなら」と返す。

 こういうコミュニケーションは千葉よりもこっちの方がずっとある。十六階に到着し、すたすた歩いて部屋の鍵を開ける。玄関で靴を脱ぎ、だばだば制服を脱ぎながら歩き、ダイニングテーブルの横にある窓を開ける。明かりの灯りはじめた六甲山。トランクス一枚になって今度はリビングのカーテンを開け、ベランダに出る。光り輝く街の向こうに暗い海。

 こっちに来て方角に敏感になった。会話の中に東やら西やらが混じるからだ。というか一目瞭然なのだ。母なる海は南、母なる山は北。父は? 知らん。おかげさまで大阪や京都に行くだけで不安になる。クラクラする。ただの方向オンチになり下がり、やっぱり大阪は下品やわ、とか呟くようになる。大阪―神戸、阪神間に住む恩恵と弊害。

 ベッドに寝そべってタバコを吸った。太腿に触れてみる。全然違う。どうして氷野の太腿はすべすべなんだろう? 性欲が膨らんでいく。携帯電話が踊るように鳴り出して、見ると氷野だった。
「もしもし」おれは言った。

「蓮、あんた結局学校こーへんかったやろ」何だか怒っているような口ぶりだった。

「起きたら終わっとった」

「……アホやな」

「なあ、氷野、今おれに会いたいとか思わへん?」

「思わへん」

「おれ会いたい。なあ、会おか」

「うちは会いたないもん」

「ほなオナニーして」

「嫌や」

「お願い」

「嫌やって」

「頼む」

「はあ? 自分何ゆうてんの?」

「今、部屋やろ?」

「部屋やけど……」

「頼むって。おれのやばいことなってんねやんか」

「知らん」

「なあ」

「えー」

 氷野の声を押し殺した息遣いを聞くだけで、思考は真っ黒な濁流に流されていく。ただ流されていく。一体これは何なんだ? 電話をはさんで自分自身を慰め合う。完璧な避妊の方法を考え出した天才発明家の気分。性欲の濁流は増幅し、今にも氾濫しそうだった。氷野はいく、と言う。真偽は不明。おれもいくと言う。実際に精子が出る。ティッシュペーパーの上に。おれの頭は徹底的に、搾り取られたように真っ白になる。その真っ白な空間に、虚無と自己嫌悪が満ちていく。
「蓮?」
「……ん?」
「何で心ここにあらずやねん。そういやあんた、さっき海で約束がどうのってゆうとったやろ? 忘れられん人でもおるの?」

「何で?」

「何かそんな感じやったやん」

「嫉妬した?」おれはそう聞いた。

「してへん」機械的な口調で氷野は答える。

「してるやん」

「してへんって。てかあんた今タバコ吸ってるやろ?」

「ばれた?」

「ばれとうわ。ああ、うちも吸いたい。でも家なんかで吸ったら追い出されるし。あー、はよ大人になりたいなあ」

「大人になったら制服着られへんで」

「ええやん別に」

「おれおまえの制服姿好きやけどな」

「おっさんみたいなこと言うなや。あ、ちょおさ、おかんがご飯やゆうてるわ。明日はちゃんとこなあかんで」

「はい」

 電話を切った後、捨て忘れていたティッシュをコンビニのビニール袋の中に葬り、タバコを一吸いしてから灰皿でもみ消した。しかしタバコ臭い部屋だな、と思う。でも、イカ臭いよりはマシか。

 部屋を出て、トランクスを洗濯機にぶち込んで、風呂場へ。シャワーが勢いよく脳天を刺激し、湯気が全身を包んだ。このシャワーを浴びることができるのも義父のおかげである。そこに関しては感謝している。心から。


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