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おまけ 蓮くんが中学生の頃に書いた作文



 「成長」     永里蓮

「ドラゴンボール」という作品があった。

 世界中に散らばったドラゴンボールと呼ばれる七つの玉を集めると、神龍という巨大な龍があらわれて、願いごとをひとつ叶えてくれる。以上がタイトルの由来であり、その玉を集めることが、主人公たちの目的だった。しかし物語はタイトルから逸脱し、ただただ強さを競うというテーマが前面に出てくる。 

 そして「強さ」というテーマは、主人公が宇宙で最も強いとされるフリーザという敵を、スーパーサイヤ人という生物界における究極の変態をもって倒したとき、ある種の達成を迎えた。以後、物語はその時点で最も強い存在が主人公の前に自動的に現れるというメインテーマのくりかえしとなる。 
 

 僕は主人公孫悟空の出自であるサイヤ人の王子、ベジータというキャラクターが好きだった。主人公でない人物は主人公にはなれない。少なくとも主人公には絶対に敵わない。けれどそれを認めない、誇り高き、神をも畏れぬ態度。日常、浮世に対する軽視の姿勢。ベジータは掃除をしない、洗濯もしない、誰かの生活の手助けもしない。家賃を払わない。公共料金の支払いもしない。ただひたすらに自分の強さだけを追い求め、主人公をストーカー的な目線で追い回すことしかしない。現実にあんな人間がいたら、欠陥人間、女性蔑視、人殺し、カニバリズム、武士道の悪用、等々、およそあらゆる悪口をもって否定されるはずだ。

 ベジータは自らの星に伝わる伝説、宇宙最強のスーパーサイヤ人が自分であると信じていた。が、その伝説のスーパーサイヤ人は、自分より明らかに劣っていた男、カカロットこと孫悟空だったのだ。しかしベジータは、その絶望、自らへの怒りを糧にスーパーサイヤ人になる。彼にとっての異星人、地球人ブルマと結婚して子をもうける。最終的に、プライドの塊のような男は敗北を完全に受け入れる。笑みすら浮かべ。そして主人公に向かって言うのだ。「おまえがナンバーワンだ」と。
 ベジータの人生にとって、敗北と絶望こそが飛躍の鍵だった。それは挫折=死ではない何よりの証明だった。最終的に勝てない相手がいても、そのことを認めることが成長なのだ。他人に勝てなくても、他人に勝つことだけがすべてという自分に打ち克ったのだから。

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