ここにスロ小説はじまる。

自分を否定することを否定してみねえ? 

永里蓮 

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第一章「永里蓮、スロットに出会う」 




  記憶が波のように、寄せては返す波のように揺れていた。


 ゆるやかな波が行ったり来たり。巨大な橋の向こうには緑色の島が霞んでいる。その緑はほとんど黒に近い。おれは横になり、学ランの胸ポケットからクールマイルドを取り出し火をつけた。煙が灰色の雲を目指してするすると立ち昇り、しかし煙のあまりにも淡いその願望はすぐに風にさらわれ見えなくなる。空気と混じり、消えていく。

「こらあ、未成年。喫煙、及び授業のサボタージュ。そんなんしてると禁固三年に処されんで」

 寝たままの姿勢で仰ぎ見ると、ハルタの茶色のローファーが、ラルフローレンの紺色のハイソックスが、この街の女子にしては短い部類に入る膝丈の黒いスカートが飛び込んできた

「サボタージュて」体勢を起こしながらおれは言う。「破壊活動って意味やねんで」

「じゃあボイコット?」

「それならええわ」

「ええんや。なあ、うちも横、座っていい?」

「パンツ汚れんで」

「もうあんたにじゅーぶん汚されとう」

「ああそう」

「なー、蓮、かまえやー」

「ああ」

「なあ、て。うちにもタバコちょーだい」

「あかん」

「何で?」

「女はタバコ吸わん方がええねん」

「差別や差別」

「そうや。男は差別したがる生き物やねんぞ」

「泣くで」

「泣けや」

「……」

「ホンマに泣くか? 女優か、おまえは。ほら」

「サンキュー」

 氷野は猿みたいに口を尖らして、いかにも美味そうにタバコを吸った。

「なあ、氷野、約束って何やろ」

「……ついに頭いかれたか。かわいそうに。うちがなぐさめたるからな。よしよし」

「そんなんじゃなくてや、おまえ約束とかって気にするタイプ? いや、せえへんか。せえへんよな」

「何? だからこないだはごめんゆうたやん。まだ根に持っとん?」

「ちゃうって。そんな話じゃなくて、何やろ。たとえばおれが氷野に結婚しようって言うやん」

「何? プロポーズ? 時期尚早やろ。ちょお待って。うち花嫁修業がまだ足らん」

「最後まで聞けや。おれが結婚しようって言うやん? ほんでおまえがうんって言うやろ。で、何かあって、おれが死ぬとするやん。そんとき約束はどうなるん?」

「それはもうどうしようもないやろ。哀しいけども、うちはあんたよりもいい男を探すわ」

 氷野の吐いた煙は宙を舞い、消えていく。

「まあ、そんなもんやんな」おれは言う。「ほな、好きって何? どっから来て、どこに消えるん」

「わからへん」氷野はとんとんと灰を落としながら答える。「そんなん考えてもしゃあなくない? 自分がいつまで生きるかやってわからんねんから。考えてもしゃあないことを考えるのを杞憂って言うねんで。なあ、蓮、携帯灰皿貸して」

「ん」

「うち、そろそろ学校戻るわ。数学の単位やばそうやし」

「行け行け」

「ホンマに行くで?」

「ああ」

「蓮、あんまり風にあたってるとバカなんでー」


 この浜が舞台として登場するのは源氏物語だったか。平家物語だったか。あるいは両方か。何にせよ、今のこの景色とは違うんだろう。海の意味合いも、人間の意味合いも。

 何本目かのタバコに火をつける。吸う。すー。吐く。ふう。美味くもなんともない。こんな時は何もする気が起きない。タバコを消して携帯灰皿に押し込み空を見る。一応、晴れている。おれは目を閉じる。
 

 次に目を開けると学校が終わっている時間だった。ポケットからタバコを取り出す。火をつける。吸う。すー。吐く。ふう。さっきよりはマシかな。

 神戸に越してきたのは小学五年生の春だった。まず言葉が違うし、習慣も違った。でもおれは一週間もしないうちにぺらぺら喋っていた。正解不正解など気にせずに。そうすると、逆に両親の使う言葉が変に思えてきた。父は「言葉が違うだけで疲れるもんだなあ」とため息をもらした。おれは「そう? そうでもないけどね」と答える。自分の言葉にサブイボが立つ。もはやこの現象は鳥肌ではない。が、葛藤の数週間を経て、おれは両刀使いになった。内と外の二枚舌。バイリンガルですよ、とクラスメイトに自慢する。

「何やねんそれ?」クラスメイトの一人が言った。

「君たちとは住む世界が違うんだよ」おれは貴族的なイキり方で自己表現。

「何やおまえ? 違うんだよ、とかキショいって」

「違うんだよ!」また違うクラスメイトがはやし立てる。「違うんだよ」「違うんだよー」

「うっさいボケ。しばくぞコラ」

「おお、こわ。東京モンはすぐキレる」

「東京ちゃうし」

「千葉な、千葉。同じようなもんやろ。東京ディズニーランドも新東京国際空港も千葉にあんねやろ」

「うん」おれは同意を示す。「でも、大阪国際空港やって大阪ちゃうやん、伊丹やん、兵庫やん」

「そうや」

「一緒やん」

「んー」


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※寿注 伊丹空港(大阪国際空港)は大阪府豊中市、大阪部池田市、兵庫県伊丹市の3市をまたいでるんですねえ。