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最近、ワクワクする? あっても減ったよね。


たとえば新刊目当てに本屋に駆け込む機会は年に10回あるかないか。雑誌はほとんど一冊も買ってない。

ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオン。イエス、週間マンガ。それらのヤング。たまに月刊。ガイド、マガジン、必勝本、イエス、パチスロ攻略雑誌&それらのマンガ誌。

ぼくがそれらを買っていた最大の理由は、それを買わなければ手に入れられない「何か」があったからだ。「何か」つまりは「価値」。が、インターネットは情報という「価値」を木っ端微塵に打ち砕いてしまった。

インターネットによる情報の価値のインフレーション。売れるコンテンツはできるだけ長く、売れないコンテンツは打ち切りに。マーケットの成熟。情報の均一化によって加速した経済格差。「流行語」なるものが無価値になった理由の一端もそこにある。

が、これは世界中で起きている現象の表層をなぞっただけで、ワクワクが減った理由にはならない。そもそも子どものワクワク度合いというのは時代によって左右されるようなものではない。今も昔も変わらない。でなければ、人間の未来はない。ぼくはそう思う。

元来人間はワクワクするのである。たとえば敬愛するラッパーのKOHHは、影響を受けたものとして「世紀末リーダー伝たけし」をあげている。が、すでに「クローズ」や「BADBOYS」や「特攻の拓」という刺激物に触れてしまった俺ら世代の高校生にとって、ジャンプに連載がはじまった「たけし」は読み物のひとつではあってもワクワクの対象ではなかった(明らかに「たけし」はそれらヤンキーマンガに影響を受けていた)。

原作厨、懐古厨の仕組みはこれである。人間は見つける。そして慣れる。解剖学者の養老猛司は文系と理系の違いについて、どっちが(脳のある場所を)先に通過したか、というような捉え方で表現している。何を先にインストールしたか? それがその先の人生を決めてしまうのだ。

年々ワクワクが減っていくのは、インストールの乱発のせいだ。別の言葉で言えば「磨耗」である。ただし、そのおかげでダメージの直撃は避けられる。それを「成長」と、あるいは「進歩」と呼ぶ人もいるだろう。

が、ひとつ言えるのは、挑戦する気持ちがなくなった時点で「ワクワク」は消失してしまうということ。あ、これ知ってる。それも知ってる。それやった。もう飽きた。ぼくは数年前、小三から読み続けた週間少年ジャンプの購入をやめた。そう、ワクワクがなくなったら引退するしかないのだ。表現者としても、鑑賞者としても、スロッターとしても。
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