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流行の言葉を簡単に使いこなす器用な人間を僕は恐れていた。又吉直樹「火花」

演技を学んでいるときに、A先生という、役者の世界で地位のある講師に、「おまえは器用だけど、器用貧乏にはなるなよ」的なお言葉を賜ったことがある。
一方、B先生という、芸能界での実績はないが、情熱は誰にも負けないというような講師はこうおっしゃった。「おまえは徹底的に不器用だ」と。「だから徹底的に練習しなさい」と。

ぼくが不器用であることを知ってるのは自分だけだと思っていた。だからその先生の言葉がぼくは嬉しかった。正直なところ、ぼくの見た目は何でもできそうに見えるのだ。自分が見てもそう。でも、ぼくは徹底的に不器用だった。そのギャップに萌える人なんていない。きしょいだけだ。ぼくは自信満々の振りをしていただけなのだった。

小学生の頃、ぼくは自分の容姿にいまいち自信が持てず、鏡をチラチラ見ては嘆息する気色の悪い少年だった。悶々とした挙句、ひねり出した答えは「おれかっけー」論であった。「おれ天才」「おれは何でもできる」オレオレ詐欺の先取り。ただ、ポジティブな側面もあった。自信満々の人間を装ううちに、あたかも初期設定かのごとく、おれかっけー論の提唱者をふるまえるようになったのである。自信が服を着て歩くと、大抵の人が道を譲ってくれる。時にボコボコに殴られることはあっても、その設定は変わらなかった。で、時は流れ、自信が持てずに悶々とする自分のことは忘れてしまった。

が、だ。積み上げた自信は一夜にしてなくなるのだった。そのときに気づいた。ああ、自分のしてきたことは、波打ち際の砂遊びだったのだな、と。

十代は苦しかった。二十代は苦しさと楽しさがほとんど等価値だった。三十代になってあきらめた。人生においては苦しいが当たり前なのだ。もう無理はしない。人に好かれたい。嫌われたくない。その感情は変わらない。でも、そこばかり気にしてもしょうがない。他人がどう思うかじゃなくて、自分がいいと思う道を歩こう。そうすれば、四十代はもっと楽しくなるはず。泥なんて何だい!(fromうしおととら)。

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