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2学期の終業式はいつも決まって12月24日だった。

その日はどんよりと曇っていて、それでも友人たちとする予定の「クリスマスパーティ」に、テンションが上がっていた。
走って家に帰ってランドセルを置いて、すぐさま友人の家に走って向かった(どうしてあの頃はどこに行くにも走っていたのだろう?)。
友人の家に到着し、チャイムを鳴らし、ドアが開く。
と、現れた友人が「メリークリスマス」と言って、ぼくの顔面に向かってパイを投げつけた。
は?
「メリークリスマス」「メリークリスマス」「メリークリスマス」
そう言って、隠れていた友人たちは次々にぼくの顔面にパイを投げつけたのだった。

今ならば、それがただのテレビの影響であることを知ってるし、悪意よりもむしろ歓迎の意図があることもわかる。笑顔で「やられちゃったぜ」と、対応もできるだろう。でも、当時のぼくはベジータのように尖っていたのだった。
この(エリートの)オレに、パイを投げつける……だと?

笑顔の同級生たちを尻目に、ぼくは完全に思考停止してしまった。

友人たちの「メリークリスマス」という言葉がふわふわと浮いている。パイがぼくの顔の前で固まっている。
ぼくは固まっている。友人のひとりがぼくの顔からパイを取り、再び「メリーク……」と言おうとして、同級生たちの顔も凍りつく。
顔中を雪のように白く甘いクリームで覆われた男が泣き始めたからだった。

ぼくが他人の前で泣いたのは、人生で初めてのことだった。それ以後も成人するまでは記憶にない。だって男は泣かないものだ、という旧弊な言葉に縛り付けられていたから。

それでもこのときばかりは無理だった。ぼくは泣いた。ひっくひっく泣いた。意味がわからなかった。どうしてこんな行為がまかりとおるのか? なぜゆえ、このエリートが、かような理不尽な目に合わねばならぬのか?
傲慢なガキだった。空気の読めないガキだった。おまけに目も悪いのだった(学生時代の話参照)。

その家に住む友人が、タオルを渡してくれた。
ぼくはタオルで顔をぬぐった。それから、洗面所で顔を洗わせてもらった。その間、喋る人間は誰もいなかった。ワム!の「ラストクリスマス」が流れていた。

友人のお母さんが出てきて、「さあお昼ご飯を食べましょう」と言った。チキンとか、ポテトとか、なんちゃらディップとか、そんな類の食事、ドクターペッパーとか、メローイエローとか、CCレモンとか、そんな類の炭酸飲料があった。でも、味はひとつも覚えていない。「ラストクリスマス」が延々リピートしていたこと以外は何も。ぼくは一言も喋らなかった。

食事が終わり、発作のような涙も止まり、安堵の表情を浮かべる同級生たちと、銭湯に行くことになった。誰が言い出したかわからないけれど、パイだけに水に流そう、ということなのだろう。自分のことしか考えられなかったぼくよりも数段大人の提案である。

スニーカーを履いて外に出ると、誰かが上空を見上げてこう言った。

「雪だ」

過去三十年、ぼくが住んでいた地域では、クリスマスイブに雪は一度も降っていないらしい。でも、ぼくたちは、灰色の空から落ちてくる淡い氷の結晶をたしかに見たのだ。この手に感じたのだ。その時間は長くは続かなかった。せいぜい1分くらいのものだった。そしてぼくたちは銭湯に向かって走り出したのだった。


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今日の一枚「夜の雪」歌川広重