KIMG3394
この時代、スロットをしていると、スロ番組の公開収録の現場に出くわしてしまうことがけっこうある。十代の頃、貪るように読んでいた雑誌の文章を書いていた人がスロットを打っている横を通るとき、ぼくは素直に感動している。

が、同時にふつふつと湧き上がってくる思いもある。

「今スロット番組ってどれくらいあるんだろう?」

すべてに目を通したわけじゃないし、定期的にチェックするわけでもないけどさ、

「作品」製作者という同業目線で見たときに思うのは、「なめてる」

「スロ打ち」という同業目線で見たときに思うのは、「ずるい」

じゃね?

番組の目的、最優先事項がメーカーの、またはホールの御用聞き、というのはしょうがない。お花畑的番組も、裾野拡大のためにはしかたない部分ももちろんある。メーカーはユーザーがいなければ仕事にならず、ホールには新規のプレイヤーが入ってこないことには未来がない。スロット業界の本質は「虚」なのだ。虚業なのだ。普通の生活ではありえない額を使ってくれる人がいなければ、ビジネスとして成立しないのである。となれば、どうやって気持ちよく騙すか? というのが焦点となり、見た目のよい女性が適当な台を打って、これ当たりますよ、とか、当たりませんでした(しょんぼり)とかやっているのを映すことは、敷居を下げる効果があるのかもしれない。だけど、つまらない。まったくつまらない。全然つまらない。射幸心を煽ってはいけない、というお題目をお上は唱える。しかしパチンコ、スロットに客が求めるものは、一にも二にも、「射幸」である。ヒリつきであり、非日常感である。それらのないパチンコスロットなんて誰が打つ? ぼくは打たない。グッバイ。

とはいえ、寿さん、番組出ません? と言われたら即答で「出る」と言う。無論、悪口みたいのは一切言わない。当たるかな、当たんないかな、どっちかな。う、うう、アトゥイ、これは、アットゥイよー、とか叫びまくるよ。オンバラバラバラGOD降臨、ウンバラバラバラGOD降臨って毎ゲーム叫ぶ。叫ぶよ。ほんとだよ。だってその既得権益はデカすぎる。スロッターであることもやめ、スロ小説家であることもやめる。だからお願い。ぼくもそこに入れてくれええええええええ。

なんてね。

ぼくは正直、目押しがそこまでうまくない。知識もそんなにない。台の仕組みも初心者相手に懇切丁寧に説明できる程には理解してないし、法にも明るくない。情熱だって大してない。愛も足りない。それでもぼくはスロッターであり、スロ小説家である。そこは誰に何を言われても揺らがない根幹としてある。

メーカーに文句のひとつも言えない=自腹を切れない。自己責任でスロットを打てない人のことをスロッターとは呼びたくありましぇーん。

スロット生活者はメーカーのユーザーにして、ホールのプレイヤーにして、メーカーのユーザーとホールのプレイヤーの敵という、まことあいまいな存在である。そんなコウモリさんが発言権を持てるのは唯一ここ。ブログサイコー。

にほんブログ村 スロットブログへ