「……したい」などという心はみな捨てる。その代りに、「……すべきだ」ということを自分の基本原理にする。そうだ、ほんとうにそうすべきだ。

三島由紀夫「剣」から

スロ小説♯34

本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。
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赤いライオン、或るスロッターの明るい部屋 ♯35


「そんなことあったっけ」と俺は言った。「全然覚えてないわ」

「それはカキゴオリさんが田部くんとの権力争いでダメージを受けなかったからです。あなたは田部くんとの対立以来、ものごとの中心から、比較対象から外れる術を学んだ。外側の人間、アウトサイダー。実際、田部くんとの関係が、あなたの人生を暗く鬱々としたものにする可能性も大いにありました。が、そうはならなかった。あなたは荒々しい性格のまま、すくすく育っていった。学校生活という規定から縛られない特例になった。今中の狂った坊主、”イマクルズ”のルーツです。カキゴオリさん。お父さんお母さんに怒られた記憶ってありますか?」

「ない」
「まったく?」
「まったく」 

「先生や他の生徒へ謝りに行ったことは?」

「たくさんある」

「怒られましたか?」

「怒られてない」

「中学生の頃は毎日のようにケンカしてましたよね」

「うん」

「何度も警察に補導され、さらには家庭裁判所で短期保護観察処分まで受けた」

「うん」

「怒られましたか?」

「怒られてない」

「どうしてですか?」

「わかんない。そういうもんじゃないの? 親は子を愛するみたいな」

「レンくんはりんぼさんに対してこう言いましたね。教育はブレーキの踏み方を教えることだ、と」

「うん」

「カキゴオリさんの両親は、一切ブレーキを踏ませるようなことをしなかった。結果、どうなったか」

「……」

「ご覧の通りのギャンブル狂いです」

「……」

「ただ、バカ丸だしだし、素行も悪いけど、あなたはまっすぐに育った。そのことだけは間違いない。ボクはそう思いますよ」

「……ここは泣くとこ?」

「現状を認め、そのうえで未来の方向を見定めるところです」

「中間領域って言ってたっけ?」

「はい。ようこそlimboへ」

「レニーはさ、何かないの? こっちの道オススメ、みたいな?」

「効率的だよ、とか、合理的だよ、みたいなことですか?」

「うん」

「そういうのは存在しません。近道がないんです。この人生最大の難問を解くにあたって必要なのは『覚悟』だけです。覚悟は他人から何を言われても定まりません。あなたが心の底からそう信じない限りは」

「覚悟、ねえ。スロットするってのじゃダメなの?」

「あなたにその覚悟があるならいいと思いますよ」

「そう言われると、うーん……」

「まあ、まだ時間はありますからね。それまでに決めればいい」

「時間って?」

「それはボクにもわかりません。1日かもしれないし、1年かもしれないし、あるいは10年かもしれない。ともかく、カキゴオリさんの物語に区切りがつくまでの間」

「物語?」

「カキゴオリさん、一度お父さんに相談してみたらいかがですか?」

「え?」


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 誰かの叫び声が聞こえた。
 起き上がろうとしたが、部屋の電気が消えていた。
 暗闇の中、そろそろと立ち上がり、ドアを開けようとしたが、閉まったままだった。
 断続的に叫び声が聞こえる。恐怖が体の深い部分から競り上がってくる。体が見えない何かに縛られたように動かない。人が倒れる音がする。パン、という乾いた音が聞こえる。怖かった。怖かった、という言葉を思い出して、初めて自分が怯えていることがわかった。俺は怯えている。何が起きているかわからない。でも、とにかく、この扉の向こうでは好ましからざる何かが起きている。

 

 デパートで買ってきたカブトムシが弱ってきたとき、標本にするか? と言ったのはオヤジだった。しよう、と言ったのは俺だった。オヤジは虫の動きを永久に停止させる薬みたいなのを持ってきて、注射器にセットし、俺に手渡した。でも、それだけだった。父は何の手助けもしてくれなかった。動くし、力が強いし、できないよ、と俺は言った。そうか、と父は言った。じゃあしょうがないな。おまえができないことは、おれにもできない。じゃあ、最期の瞬間までつきあってやりなさい。父はそう言って、器具を片づけた。どうしてこんなことを今思い出すんだろう?

 ドアがカチャリ、と開いた。 

 うすぼんやりした明かりとともに、誰かが入ってきた。黒い和服を着たきれいな女性だった。ハツさんだった。

「類君、お父様がお見えになりました」

「……え?」

「はい。スマホ。充電できたから返しますね」

「ありがとう、ございます……」

 ハツさんにうながされるようにして部屋を出て、暗い廊下を歩いてリビングに入ると、男が数人倒れていた。ソファの前につっぷすように倒れている男がいた。それは間違いなく、俺に100万を握らせた男、ハーデスだった。元借金取りは、たぶん、いや、確実に絶命していた。田所げせなを見下ろすようにして立つ男の姿があった。返り血で顔を濡らした男は所在なさげだった。男はどうして自分がここにいるか理解できない人のように、まっすぐではなく斜めに立っていた。

「類、帰ろう」と男は言った。


つづく



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