「……したい」などという心はみな捨てる。その代りに、「……すべきだ」ということを自分の基本原理にする。そうだ、ほんとうにそうすべきだ。

三島由紀夫「剣」から

スロ小説♯33

本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。
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赤いライオン、或るスロッターの明るい部屋 ♯34


 りんぼさんの妹さんは、とてもきれいな人だった。日常的に着ているのだろう、和服がよく似合っていた。

「挨拶は抜きにして、将来の話をしましょう」田所ハツさんは言った。

「将来?」

「あなたは一体全体、将来というものをどうお考えですか」

「将来……」

「今あなたは何で生計を立てているのですか」

「……スロットです」

「ギャンブルですね」

「いや、あの、ええと、期待値という、あの……」

「ギャンブルなんですね」

「……はい」

「いつまでギャンブルをしているおつもりですか」

「ええと……」

「その期待値とやらがいつまで続くとお考えですか」

「その……」

「100年後、500年後、1000年後も続くと」

「……期待値という考え方は1000年後も有効だと思います」 
「噂にたがわぬ馬鹿息子。あなたのご両親、いや、あなたも含めたあなたの家族が何と言われているかご存知ですか」

「知りません」

「キチガイ家族です」

「それは言いすぎじゃないですか?」

「役目を果たさず、責任も負わない。あなたたちは人でなしです」

「……」

 ふと、さっきのレンくんの言動を思い出した。何でレンくんはハーデスの前でスロットのハーデスの話なんてしたんだろう? それに、ペルセポネを拝む? ペルセポネ。ギリシャ神話の中で、冥府の王ハーデスによって拉致られハーデスの姦計によってハーデスの嫁になった女神……つうか俺、何でこんなこと知ってんだ? 

「あの」と言った。

「何でしょう」

「ハツさんはげせなさんの奥さんなんですよね」

「……それが何か?」

「どうして地獄みたいな名前の人と一緒になったんですか?」

「なぜあなたにそんなことを話さなければいけないんですか」

「いや、ハツさんもうちの家族に言及しましたよね」

「あなたの家族の問題ではありません。一族の問題です」

「ひとつ質問いいですか」と俺は言った。

「どうぞ」

「あなたはげせなさん、りんぼさん、どちらの味方なんですか?」
「……」

 ハツさんは黙った後、二重人格者のように態度を変え、ふふっと笑った。

「私は勝者の味方ですよ。類君」

「勝者……」

「では、私もあなたに質問があります」

「はい」

「あなたは田所寛治がどんな人間か知っていますか?」

「オヤジ、ですか。普通のおっさんですけど」

「ふふっ」ハツさんは怖い貌で笑った。「あなたは自分の父親がどのような人物なのか、存じていないのですね」

「普通のサラリーマンですよ」

「では、その仕事内容は?」
 俺は首を振った。「わかんないです」

「あなたは自分の父親がどのような仕事をして、そしてあなたを養ってきたかを知らない。それは恥ずべきこととは思いませんか?」

「……」

 田所寛治。年齢は50歳くらい? サラリーマン。役職はなし。9時出社、17時退社。週休2日。特に趣味もなく、心の友は第三のビール(少し前までは発泡酒)。違うのか?

「将来の展望もない。父親の人となり、職業すら知らない。見てごらんなさい。こんなにもあなたの世界は不完全です。なぜあなたが不完全な状態で成人してしまったか。それは、あなたのご両親がそう望んだからです。もちろんあなたにも責任はあります。ですが、あなたはただ好き勝手に生きただけです。そのことを咎めようとは思いません。過去ではなく、未来を。人間は、何をしたかではなく、何をするかです」
「……」
「しかしながら、考える時間が必要なのも事実。携帯電話を出しなさい」

 ハツさんの有無を言わせない表情に、渋々、ポケットの中のスマホを出した。

「充電をしてあげましょう。その間考えてみることですね。今までのこと、そして、これからのことを」
 

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「言われちゃいましたね」と言ったのはレニーだった。

「オヤジの仕事だってよ。サラリーマンの仕事内容なんて知らねえよ、なあ」

「現代社会において、個々人の職業というのはまずわからないようになってますよね。~屋、という看板でも掲げていない限り、隣に住んでいる人の職業は見た目ではわからない」

「でも、言われてみると、オヤジのことって何も知らないわ」
「カキゴオリさんは、お父さんとの思い出がないんですか?」
「……ない」
「本当にない?」
「ない」
「……お父さんの一言で人生が変わったのに?」
「へ?」
「あれは2001年のことです」
「うん」
「あの頃、カキゴオリさんのクラスには、田部くんという男の子がいました。覚えてますか?」
「何となく」
「田部くんはとても感じのいい男の子でした。運動神経もよかったし、勉強もできた。ただ、カキゴオリさんとソリが合わなかった。こればっかりはどうしようもありません。大人なら近寄らないという選択をすることも可能でしょう。が、小学生には難しい。カキゴオリさんと田部くんは、どんな話題でも意見が割れました。クラス内の力関係としては、田部くんがやや優勢、カキゴオリさんがやや劣勢、というところでした。しかし田部くんには政治力がありました。というか、カキゴオリさんという敵(ライバルと言ってもいいかもしれませんね)が、田部くんの政治力を開花させたのでした。徐々に、徐々に、クラス内の勢力図は田部くんの色に染まっていきます。田部くんの賛同者は増え続け、ついにはクラス全体が田部カラーに染まってしまいました。カキゴオリさんはどちらかというと、というか明確に粗暴な少年でした。ツッコミどころが多すぎるのです。そんなあなたには先生も味方をしてくれませんでした。夕食の折、あなたはボソリともらします。学校やめたい、と。その言葉を受け、いつも空気のように静かなあなたの父親がこう言ったのです。『類、我慢すんな。やめたいならやめろ。学校をやめたい原因をつくってくる人間がいるなら我慢するな。責任はおれが取る』と」

「……」
「それが、カキゴオリさんのバカゴオリ人生の出発点だったんですよ」 


つづく



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