人生には真の魅力はひとつしかない。それは賭博の魅力である。

シャルル・ボードレール

スロ小説♯1

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赤いライオン、或るスロッターの明るい部屋 ♯2 


「カキゴオリ、今おまえ手持ちはいくらある?」永沢さん、じゃなくて永沢君が言う。
「……ええと」と言って財布を取り出した。「6ろっぴゃく、2にじゅう、7なな円、かな」
「……そうか」と永沢君が言った。「おまえが行くのはパチ屋じゃなくてゲーセンだ」
「は? ゲーセンで何すんだよ。遊ぶのかよ」
「アンタバカー」
「……そんなカタコトのアスカがいるか」
「まずは」永沢君は人差し指でメガネをくいっと上げながら言った。「止め打ちを覚えろ」
「は? パチンコかよ。俺はスロットがいいんだよ」
「何度言ったらわかるんだ? 選り好みできる立場だと思ってんのか?」
「……」
「いいか。ギャンブルに勝つためには『自分』を捨てなければいけない。それが大前提だ。そのうえで、パチンコで勝つために必要なのは何か」
「回る台打てば勝てるんじゃねえの?」
「そうだ。だが、昨今のパチ屋がそんな簡単に回る台を置くはずがない」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「パチンコで勝つための理論はこれに尽きる。『最小限の玉で、最大限の効果を』だ。ほら、復唱しろ」
「サイショウゲンのタマでサイダイゲンのコウカを」コイツはイツカ、コロす。そう思いながら言った。
「そのために必要なのは、台のスペックの把握、釘読み、止め打ち、この三点だ。ほら、復唱しろ」
「ダイノスペックノハアク、クギヨミ、トメウチ」コイツハイツカ、コロス。そう思いながら言った。
「他にも色々あるが、とりあえずはこの三点で行こう」
「どこに?」
「ゲームセンターって言ってんだろ。バカゴオリ」
「……バカゴオリ?」
「うん。語呂やよし。今日からおまえの名前はバカゴオリだ」
 マジで、こいつ、どうやって殺そうか、と思う。そうこうしているうちに、パチ屋に併設されたゲーセンに到着した。

「いいか」と永沢君は言う。「保留3、リーチ中は止める。それ以外は打つ。この機種の場合、このあたりを狙え。大当たり中はアタッカーの開閉に合わせて止め打ちしろ、電サポ中は電チューの開閉に合わせろ。じゃあな。楽しめ」
「え、永沢君はどこ行くんすか?」
「おれはパチ屋に行く。おまえはパチンコを理解するまでそこでハンドルを握っとけ。いいか。くれぐれも言うが、ハンドルを握った手でチンコは握るなよ」
「は?」
「パチンコの神は野郎が嫌いなんだ」
「意味わかんねえよ」 


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 100円を入れて右手でハンドルを握る。ただ握っているだけ。時々、親指を使って玉の打ち出しを止める。簡単じゃないか。こんなの練習して何になるってんだよ。クソが。ちぇ。つまんねえ。当たりやしねえじゃねえか。さすがゲーセンのガバガバ仕様である。なかなか玉が減らない。が、そのうちに100円分の玉がなくなり、もう100円。もう100円。もう100円。……俺、何でこんなことやってんだ?

 ついに600円がなくなってしまった。ガラス枠を殴りたい衝動を抑え、立ち上がる。あいつはパチ屋っつってたな。……さすがにパチ屋はゲーセンに比べて3倍程度やかましい。そのくせ落ち着く。脳がイカレてんだろう。スロットコーナーを回ったが、永沢君はいなかった。どこだ? いた。永沢君は頭上に黄金騎士の金色の頭を生やし、ハンドルを握っていた。後方にはすでにドル箱がある。クソが。俺のほぼ全財産がなくなる間に何しれっと出してんだよ。

「……あのお」と言った。

「おうバカゴオリ」永沢君はボサボサの頭をかきながら言った。「止め打ちはできたのか?」

「金なくなっちまったよ」

「まあそうだろうな」

「……出てるな」

「まあな」

「……ちょっと玉くれよ」

「バカゴオリ」永沢君はスウェットの袖をまくりながら言った。案外筋肉質な前腕部が露出する。「おまえ、ホンモノのバカなのか?」

「何で?」

「玉やメダルってのは、パチ人(パチビトと永沢君は言った)にとって何よりも尊い。パチビトは玉やメダルのために生き、玉やメダルのために死ぬんだ。誰が貸すか」

「じゃあ俺は何したらいいんだよ」

「横で見てろよ。親指をくわえながらじっと」

「ふざけんなよ」

「おれはおまえのマンマでもパッパでもない。甘えんなよ。バカゴオリ」

「……」


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「もういいや」と俺は言った。「あの人はあんたと一緒にいろっつったけど、あんたと一緒にいても、どうにもなんねえわ」

「逃げるのか?」

「……」

「いいか。ここがおまえにとって運命の分かれ道だ。生と死の。逃げるんなら勝手にしろ。死体君」

「……じゃあ何すりゃいいんだよ」

「永沢君、と呼べ」

「永沢君……」

「おれの言うことを聞くか?」

 うん、とうなずいた。

「ここに書かれたことを実践しろ」永沢君はそう言って手帳を渡してきた。「まずはノートを買え。それに自分がした稼働を細大漏らさず書き残せ。打ち始めのゲーム数、大当たりまでかかった金額、獲得した枚数。換金額。それから貯玉貯メダルをするために必ず会員カードをつくれ。いいか、虚偽の報告をした時点でおれとおまえの関係は終了する。いいな」

「はい」と言った。

「これはおまえの金じゃないからな」

 永沢君はそう言って俺の手に金を握らせた。数えると10万円あった。

「よし、行け」

つづく 
 


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