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「ヨセミテ国立公園のリス」

また小説を載っけてみます。今回はぼくの苦手分野、構築系の小説への挑戦。テーマはずばり、ぼくの構築力アップ(自分勝手ですいません)。そこで、お願い。今日の分読んだよ、という人は、バナーを押してほしいんす。
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せっかく双方向レスポンスの時代、現代に生きているのだから、読んでくれる人にジャッジしてもらおうかな、と。小説はちょうど2週間で終わる予定ですが、今回はスロ小説じゃないので、10日程度連載してみて反応がなかったら打ち切りにしちゃいます。読みたい/読みたくないの意思表示をしていただけると嬉しく存じます。よろしくお願いします(。・ω・)ノ゙

震音の章7



 僕たちは無言で歩いた。小さな曲がり角をいくつか曲がり、小さな路地をいくつか越えて、広場のようなところに出た。

「着いた。ここだよ」とジェイクが言った。

「ここ?」僕は返す。

 それはこの地区において例外的に大きな建物だった。が、朽ちかけていた。

 その廃墟のような建物の周りには人だかりができていた。身なりのきれいな人たちだった。女性が多いようだったが、年輩の人もいれば、まだ十代だろう人もいた。

「アンナさんですよね。サインお願いできますか」ひとりの女性がおずおずと近寄ってきて言った。

「アルベルト、ジェイク、先に行ってテディを案内してあげて」さっきまでの顔はどこへやら、アンナは満面の笑顔でそう言った。


          ◆


 外見同様、建物の中も朽ちかけていた。ジェイクが言うには、もともとは学校として使われていた建物らしいが、蔦が生えていたり、床が抜けていたり、そのせいで絵に近づけないところもあった。もやもやした。それが狙いなのだとしたら、成功している。現に僕は、近づきたいのに近づけないジレンマに胸がじくじくとしている。
 順路があり、かつて教室として使われていたであろう部屋に絵が数枚かかっていて、それを見ては次の部屋に向かう。ブラックボードの真ん中に置かれた絵もあれば、天井や、床にはられた絵もあった。

 アンナの描いた絵は、ほとんどが風景画だった。街、海、森、技術に裏打ちされた見事な景色のなかに、変わった人たちがまぎれていた。腕が四本あったり、頭がいくつもあったり、ツノが生えていたり、性別のよくわからない人たちが、抱き合ったり、食事をしたり、ゲームに熱中したり、たぶん殺し合ったりしている。変わった生物という意味では、ヒエロニムス・ボッシュやピーテル・ブリューゲル的ではあるのだけど、印象としてはもう少し柔らかい。宗教的装飾がないというべきか。写実的な風景と、極端に改変され、省略され、デフォルマシオンの衣装をまとった人々。

 その変わった人たちが、風景を犯しているようにも風景がその変わった人たちを生み育んでいるようにも見える。しかし不穏ではない、グロテスクでもない、むしろ楽天的だ。切実ではあるが、飢えや渇きは感じない。湿潤ではないが乾燥してもいない。何かのメタファーのようにも、目の前の景色をただ描いたようにも見える。違和感というものがない。よく見ると違和感しかない。廃墟という舞台が奥行きを与えている。滅んでしまった太古の生物や、失われた王国の宝物を垣間見ているようなお得感がある。おかしい。感想が次から次へとわいてくる。この能弁な自意識も、鑑賞する他の客の存在すらも、作品を構成する要素に思えてくる。
 

 こんな思いがけない形で絵を見るのは初めてだった。日本にいるときは、母とふたりで京浜東北線に乗って上野の美術館によく足を運んだ。僕自身、小さい頃から絵を描くのが好きだった。でも、僕の絵はヘタクソだった。何かを描きたいという気持ちがあっても、僕の手はそれを表現できなかった。アンナの絵は、かつて僕が思い描いた理想を体現していた。今まで言葉にできなかったもどかしい気持ちを一言で表わしていた。それは異世界だった。でも、どこか懐かしい世界だった。さっきファンタジーを憎んでるみたいな発言をした人物が描いたとはとても思えなかった。

「あいつの絵のいいところは」アルベルトが言った。「思想が反映されてないとこだな。あいつのひんまがった性格も、極端な部分も見えない。こんな絵をおれの可愛い妹が描くなんていまだに信じられないよ。最初見たときは、頭おかしいんじゃないかと思ったけどさ」

「どうしてですか?」と僕は聞いた。

「アンナは絵を描くとき、人物から描くんだ。人物っていっても、まともな人間じゃない。原色だったり、頭がいくつもあったり、腕が何本も生えてたり、怒りを吐き出してるのか白いキャンバスを呪ってるのか知らないけど、そんな化け物じみた人間を描く。しかもすげえマジメな顔で描くんだ。でも、そこに背景が描かれると、魔法みたいに完成された一枚の絵になる。何なんだろう。才能ってやつなのかな」

 絵の横、あるいは絵を取り囲む枠の上に、僕に読めない文字が書かれていた。タイトルか何かだろうか。

「この言葉はどういう意味なんですか?」

「アンナ語だよ。おれにもよくわからない。英語の解説もつけたら? って言ってみたけど、アンナは首を横に振る」

「でも、何となくわかるけどね」とジェイクは言った。「たぶん悪口。それもきっついやつ」

「やっぱり?」とアルベルトは笑った。

つづく
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