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「ヨセミテ国立公園のリス」

よし。今日は支持率アップのために連投しちゃいますね。ただ、ジャッジは公平にお願いします。

書くこと、賭けること 寿



震音の章4
 

          ◆


 想像していたよりも、ディミヌエンドはきれいだった。

「落ちてるものはすべて誰かが拾うからね」とジェイクが言った。冗談なのか皮肉なのか、または本当のことなのか、判断がつかなかった。

 どこまでもどこまでも背の低い粗末な造りの建物が並んでいて、車の通行を許さない細い路地は整然としている。しかしこの無機質な見た目とは裏腹に漂うほのかな腐臭。急に不安が募り、僕は口を開いた。「ジェイク、本当に大丈夫?」

「何が?」

「本当に、安全なのかな」

「大丈夫だよ」

「その言葉の担保はどこにあるんだよ」恐怖心が僕の語調を強める。

「僕の存在だよ」ジェイクは力強く断言する。「ヤマシタ、僕がいる限り、ここで危険なことは起きない」

「どうして断言できるんだ? 数限りない犯罪がここで起きているじゃないか。もし、暴動が起きたら? もし、流れ弾が飛んできたら?」

「僕は見たことないけど」とジェイクは言い、笑った。「ヤマシタはどこからその情報を得たの?」

「今まで散々聞き及んできた」

「百聞は一見に如かず。これは日本の言葉だった?」

「いや、中国の古い言葉だったと思う」

「とにかく、それだよ」

 パン、という音に背筋がびくっと反応した。「今の音は?」と僕は聞いた。

「誰かが銃を撃ったんじゃないかな」何でもないよ、という感じでジェイクは答える。

「それは何でもないこと?」

「何でもないってことはないでしょ。だって銃だよ? 誰かを威嚇したのか、それとも、実際に撃ったのか」

「ジェイク。やっぱり僕は帰るよ」

「怖い?」

「怖、くはないけど、じ、銃の音なんて初めて聞いたし、遅くなるとお父さんに怒られるかもしれないし……」

「怖いんだね?」

 ジェイクのまっすぐな瞳に射抜かれて、僕は白状した。「ああ。怖い」

「ヤマシタは僕のことを怖いと思う?」

「思わない。でも、この場所は怖い」

「どうして?」

「差別するつもりはないけれど、僕の暮らしている場所とは犯罪発生率が違うじゃないか」

「それは差別じゃないのかな」

「違う。区別だ」

 僕がそう言い終わるか終わらないかのうちに、路地の向こうから「おい」という声が聞こえ、気づくと僕たちは囲まれていた。

「誰、こいつ?」とひとりの男が言った。

「僕の友だちだよ」とジェイクが言った。

「友だち?」

「ああ。今からアンナの絵を見に行くんだ」

「ふうん」

「つか、何なの、こいつ」もうひとりの男が言った。

「だから友だちだって」ジェイクがはっきりと答える。

「どうして?」

「友だちにどうしてもこうしてもないだろ」

 ……こんなところにこなければよかった、と心から思った。

 彼らの年齢は、僕やジェイクと同じくらいだろうが、風貌が全然違う。目つきも、歩き方も、息づかいも、喋り方も、全然違う。路地はそんな彼らで埋まってしまった。進むことも戻ることも、できそうになかった。矢継ぎ早に声が飛んでくる。

「ジェイクの友だちってどれ?」

「こいつ?」

「こいつ市民じゃね」

「何で市民がこんなとこにいんだよ」

「準貴族に憧れてるんじゃね」

 動物園の動物になった気分だった。でも、ここには檻がなかった。爪を隠す猛獣と違い、僕に武器はない、身を守る盾もない。守ってくれると言ったジェイクは何も喋らない。

「おい、言葉、通じてるか?」

 目の前で睨む男の言葉に対し、僕は頷いた。頷いただけなのに、彼らは途端に笑い出した。何がおかしいのかさっぱりわからなかった。

「言葉、通じるんだな」

「デビルだな」

「ああ、デビルだな」

「マジでデビルだ」

 デビル? 意味がわからなかった。

 黙っていたジェイクが口を開く。「あのさあ、邪魔だからどいてくんない?」

 ジェイクの言葉を受け、彼らはいきり立った。語調が強まり、より攻撃的になった。ジェイク、そりゃそうなるよ。

「何怒ってんだよ」ジェイクは続けた。「どけって言ってるだけだろ」

 いや、当然だろ、と僕は思う。何が守るだ? 火に油を注いでるだけじゃないか。後悔の虫たちが盛大に体内を飛び跳ねていた。痛かった。

「おまえら何をしてる?」人垣の向こうからそんな声が聞こえ、警察官の着るような、しかしボロボロの制服を着た老人が人をかきわけ僕たちの眼前に立った。

「隊長。ジェイクが市民をつれてるんだよ」誰かがそう言った。

「市民?」隊長と呼ばれた老人は言う。「ジェイク、どういうつもりだ?」

「隊長、僕はただ、友だちとアンナの絵を見に行くだけだよ」

「ジェイク!」という甲高い声が聞こえ、振り返ると女の子が立っていた。サッカー選手が着るようなセットアップのジャージを着て、左右で異なるスニーカーを履き、風呂上りみたいに頭を白いタオルで巻いた、不思議な雰囲気の女性だった。 

 アンナだ、アンナだ……。場がざわついていた。

 何がなんだかさっぱりわからず、僕の思考はまともに作動しなかった。後悔の虫すら活動を止めていた。

「ミスター」隊長と呼ばれる男性がそう言った。どうやら僕に向けて言っているらしかった。「気を悪くしないでほしい。でも、あなたのような方がここにいるのは危険だ。できるならこのまま帰ったほうがいい」

「何で?」女の子が大きな声で隊長に疑問を投げかけた。「うちの絵を見に来てくれたお客さんを帰しちゃうわけ? 隊長はそれによって生じるうちの不利益をどう補填してくれるわけ? つうか、こんなところで油売ってないでおまえらどっか行けよ」

「ちぇ」と誰かが舌打ちをした。

「あーあ」と誰かがため息をついた。

「アンナが出てくるとめんどくせえことになるからな」

 アンナと呼ばれた女の子が声を張り上げた。「どいてどいてどいて」

 信じられないことに、出エジプト記みたいな道ができていた。

「ジェイクとアンナがいればまあ平気ですかな」隊長はそんなようなことを言った。「ミスター、このふたりから離れてはいけませんよ、くれぐれも」

つづく


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