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「ヨセミテ国立公園のリス」

震音の章2



「世界文学という言葉を最初に使ったのは、ゲーテだよ」

「ゲーテ?」ジェイクはゲーテを知らないようだった。

「ヴェルトリテラトゥーア、世界文学。偉大なるゲーテはそういう言葉を言ったんだ」

「……国よりも大きな世界、か。たとえば世界政府ができたら戦争はなくなるかな。ヤマシタはどう思う?」

 ファーストネーム同士のがいいだろ。そう言って、ジェイクは仲良くなった後も僕のことを名字で呼んだ。優先させるべきは個なのか、家名なのか。名前の順序だけで色々なことがわかるもんだね、と。

「戦争はなくならないよ、ジェイク」僕はジェイクの質問にそう返した。「人間に選択肢が存在する限り」

「え?」

「たとえばジェイクが歩いてて、三叉路につきあたる。右、真ん中、左、どの道を選ぶ?」

「それは何をしに、どこへ向かっているのかな」

「それは本人にもわからないんだ」

「じゃあ優劣とか損得はないわけね」

「それもわからない」

「そもそも選ぶっていうのは能動的なものなのか、それとも受動的なものなのか。ヤマシタはどっちだと思う?」ジェイクは新しいおもちゃを見つけた子どもみたいな顔で言った。「僕がここにいることは、僕が選んだのか、それとも、僕が選ばれたのか」
 僕の問いかけから戻ってきたジェイクの疑問は、質、量、ともに大きくなっていた。

「人称の問題じゃないかな」そう返すのが精一杯だった。

「そうだね」ジェイクは言う。「今ここで僕たちが喋っているのは、僕が選んだことなのか、あるいは君が選んだことなのか、あるいは何か別の力によるのか。信教の自由って言葉はあるけれど、それを本当の意味で自由に、つまり、選択肢の中から選べる人なんているのかな?」
 ……黙っていると、ジェイクは言った。「僕の口から出てくる疑問には全部答えがない。どうしてだろう?」

「人間、答えがわかりきっていることを不思議には思わない」

「そっか。その通りだね。……ヤマシタは頭がいいんだね」

 顔をしかめて「どこが?」と言った。馬鹿にされているような気がした。

「いや、本当にそう思うんだ。どうして選択肢があると戦争が起きてしまうの?」

「生物の原理原則はサバイバルだろ」僕は細かい話はすっとばして言う。

「生き残るためには戦わなければいけない?」

「そう」

「資源が限られているから?」

「そう。論理や道徳や法律はただの上塗りだ。人間にはまず、選ぶ権利がある。法律上の権利って意味じゃないよ。選ぶっていうのは戦争とほとんど同義だ」僕は正直に、思ったことを続ける。「戦争はなくならない」

「学校ではそういうことを習うの?」ジェイクはうらやましそうな顔で言う。

 僕は首を振り、それから言った。「僕たちはかつて、色んなことを神さまから学ぼうとした。してはいけないこと。しなければいけないこと。でも、選択肢を、戦争を残して神さまは消えた」



つづく

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