※若葉とは

いやね、ぼくの小説を読んでよ、と言いたいけども、合う合わないばっかりはどうしようもないからさ。あんまり長くないもので、十代二十代がすんなり入れるであろうキャッチーな装いで、三十代四十代が読んでも別の解釈が成り立つであろう奥深い作品を挙げてみます。落ち葉の季節に向けて、ね。



1、「虐殺器官」 伊藤計劃

1人称で戦争を描く。少し未来の戦争を。一等国も三等国もない。世界中の人間が殺しあうための引き金。ジェノサイドオルガン、虐殺器官。まるで日本人のようにナイーブなアメリカ人兵士の物語。

読み終わった後、ため息をつく。彼が生きていたら一体どれだけの優れた小説群を残しただろう? いや、歴史に「もしも」はない。素晴らしい小説家がいた。彼は時代を駆け抜けた。……ぼくは今年の夏、伊藤計劃の年齢を超えてしまった。

 

2、「蹴りたい背中」綿矢りさ

性格の悪げな女子高生って素敵やん。そんな女子高生が蹴りたくなっちゃう背中の持ち主、にな川くんって、もっと素敵やん。その年齢でしか書けないものではあると思うのだけど、それを読む人は、読む年齢によって、また、そのときの心境によって変化する。それが良い小説の証明ではないか。どんなに恵まれた人も、文学を求める人は、心のどこかに悪魔がいて、その悪魔が安定や平穏をむしゃむしゃ食べちゃって、でも、だからといってそれが不幸とも言えず、ただ、葛藤がある。エロスとタナトスがある。その葛藤を言葉にすると、小説が生まれる。男でも、女でも。おっさんでも、女子高生でも。何で女子高生がさびしくなきゃいけないんだ! と思う人は、たぶん、小説を必要としていない人だ。そう、さびしさは鳴るのだ。耳が痛くなるほど高く澄んだ音で胸を締めつけるのだ。男でも、女でも。おっさんでも、女子高生でも。

文学にとってさびしさとは共有物なのである。

 

3、「人間失格」 太宰治

太宰を暗いと言い放つ人間の神経を疑う。あんなに底抜けに明るくて、目立ちたがり屋で、エンターテイナーは他にいない。若者はハシカのように「人間失格」にはまる、抜け出せくなるぞい、と言われていて、若き日のぼくはビビリながら読んだのだけど、何てことはない。ただただ面白く読んでしまった。閑話休題。太宰にとって自殺とは憧れてやまない最高の自己表現だったのだろう。そんな彼の遺作は未完となった「グッドバイ!」……何という明るさなのだろう。三島由紀夫はわざわざ太宰治の家まで行って、トントン、太宰さん、おれ、あんたの書くものが嫌いだ、というようなことを言ったらしい。太宰は何と返したか。そんなこと言ったって、こうして来てるんだから。好きなんだよ。
……ムム。

 

4、「変身」 フランツ・カフカ

同じく、カフカを暗いと言う人間の神経を疑う。この作品を初めて読んだときのぼくの目は、スロットのリールを追っているかのごとく素早く文字を追い、追い、気づくと読み終わっていた。起きたら虫になっていた。ふむ。いやいや、テンパルだろ、まずは! 突っ込みつつページを手繰っていくと、虫として存在する自分にすら規律を求めるザムザ氏の精神に、読者である自分の心も同期して、不思議な、甘い、しかし、ほろ苦い気分になっている。人類の宝物のような中篇小説であります。

 

5、「パパ・ユーアクレイジー」ウイリアム・サローヤン 伊丹十三訳

主人公は10歳。母のもとを離れ、マリブビーチにある父の仕事場で、一緒に生活することになる。そこで彼は初めての小説を書く。こんな目で世界を見つめることができたらどんなにいいだろう、と思う。妹がいる人間としては、妹という存在の不条理さ、別の生き物さながらの違和感、彼の言い分がよくわかる。伊丹十三のコチコチな翻訳に対し、好き嫌いが別れるが、ぼくは素晴らしい、と思う口。こうあってほしいという理想。高貴で偉大な恐るべき優しさ。クレイジーって褒め言葉なんだ。そのクレイジーな父親をいつか超えなきゃいけない日が来るとしても。

 

6、「五分後の世界」 村上龍

小田桐が迷いこんだ世界は、連合国相手に無条件降伏をしておらず、今なお戦い続けている国(日本)だった。戦闘シーンを文章のみで延々つないでいくその勢いは、読む者の心を鷲掴む。やはり暴力を描かせたら天下一品。もし仮に、日本がこのような国だったとしたら、ぼくはとても生活できないと思う。が、この小説で頻出する日本の問題は、今もなお、変わらずにある。

 

7、「中国行きのスロウ・ボート」村上春樹 

この素敵な短篇集に収められている「午後の最後の芝生」という作品が、もうね、とびっきりの傑作。夏が特別な季節なのは、ぼくたちは人生のどこかでそんな夏を過ごしたからだ。今と過去の中間のような、死者の香りをかぐような、責任感と喪失感の板ばさみになるような。それがたぶん、生きるということなのだ。生き残ったものの、そしてこれからも生きていく人間の。

 

8、「三月のライオン」羽海野チカ

小説じゃないけど入れちゃおう。小説を読むことが好きな人がこのマンガを嫌いになるのは難しい(はず)。大切なのはゼロ地点なのだ。恵まれているからといって幸せとは限らないし、恵まれていないからといって幸せじゃないとも限らない。人生は三月のライオンのようにごった煮なのだ。

 

また明日。
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