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スロットに勝つ方法を書いているブログはたくさんあるので、スロットを打つ心構えについて言語化してみたいと思う。


手っ取り早い意識改革としては、パチンコ屋に打ちに行く、という概念を捨ててしまうことだ。パチンコ屋には「打つ台があるかどうか見に行く」ことにする。これだけでムダ打ちがなくなる。

そう、突き詰めると、スロットを打つ、という行為には二種類しかない。

1、遊戯(遊技)

2、期待値追い

そもそもの話、スロットにおける選択肢は、「押す」か「引く」しかない(「見」は広い意味で引くことである)。が、人間の性質上、前に進むことは簡単だが、後ろに進むことは難しい。前にある「未練」を追いかけるのは簡単だが、「未練」を後ろに残して立つのは容易なことではないのだ。

どうするか?


「押す」ためには勝つための根拠を持たねばならず、「引く」ためには勝つための根拠が消えた、という根拠がなければいけない。


大切なのは、「根拠」である。


負けを確定させるためには「引く」以外の選択肢は存在せず、そのカードを切るには勇気が必要である。


あたりまえだが、引いた先に勝ちは存在しない。つまり、自分にとってその行動が明確な不利益になることを理解しつつ、なお、「引く」という選択を自発的に選択する。が、負けを広げないためには、その選択しかないのだ。そのまま続けたらどうなる? もちろん勝つ可能性は残されている。しかしパチンコ屋の中では「勝ち」と「負け」では「負け」の可能性の方がはるかに高く、したがって先に待っているのは、底なし沼である。


スロット(または広義のギャンブル)において自分をコントロールするとは、自分の敗北を自ら確定できる腕力のことに他ならない。ギャンブルをしたことのある人間なら誰しもが経験しているあの嫌な時間。楽しいか楽しくないか、また、熱いのか寒いのかもわからない。そのくせ、投資を続ける手だけは止まらない。そのときの我々の脳の中には、「押す」以外の選択肢がない。そうなってしまっては、席を立てるのは財布が空になったときのみ。

そうなりたくないのなら、進化するしかない。一文無しになる前に負けを確定できるのは、「押す」ことしかできないデフォルトとしての自分ではなく、引くを知り、選択肢を倍に増やした自分だけなのだ。 

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