ブログをやってる以上、反応が気になるもの。このブログの場合、反応は大きく分けて三つある。

1、閲覧数

2、コメント

3、ブログランキングのポイントの増減

閲覧数は気にならなくなった。コメント欄は荒れないだけで御の字。となると、残るはブログランキング。

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みたいなことを書けばポチはもらえるだろうか? いや、もらえない。人の指はそんなに軽くない。そして、ぼくの存在はぼく以外の人にとっては、そんなに重くない。

正直、ランキングじたいはどうでもいいんだ。ただ、ポイントがまったく増えないことが精神をつつく。こんなブログ誰も見てねえんだよ。やめちまえよ、ツン、ツン。つうか増えないどころかむしろ減少傾向にあるじゃんか、ツン、ツン。絶望失望何をくすぶってんだ的憂いが、ツン、ツン、と。

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と言っても、何で押さなきゃいけないんだ? というのが人の気持ち。

めんどくさいもんね。それに、何か変なところに飛ばされるんじゃないか? 変なデータを収集されるんじゃないか、という疑心暗鬼感もある。わかる。

ここでひとつ、取引をしませう。
約束します。ぼくは休まずブログを更新します。その日の記事を読んで、明日も読もうかな、と思っていただけたら、文末に設置してあるバナーを押して励ましてくれませんか?
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こんなクソみたいなお願いはもう二度としません。こんな記事ですいません。マジすいませんでした。



おわびにめちゃめちゃイケテルw過去記事を少し手直しして再掲。ゆるしてちょんまげ。


第二百四十八話「午後の空想のひと時をジャマするテンパリー男現る」

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去年の話。
パチ屋のトイレの個室にこもり、思考的または思弁的、多分に空想的に午後のひと時を過ごしていたところ。

ドン。ドンドンドン。ドン。ドンドンドン。
「1Q84」 に出てくる不吉なNHKの集金人のように、誰かが執拗にドアを叩いていた。
何だよ、とぼくは思う。人の空想を妨げるなんて失礼なヤツだな、と。
可及的速やかに出ますから、ちょっと待っておきなさい。ということで、無視をすることにした。
再びドアがノックされる。
ドン。ドンドンドン。「……」

何か声が聞こえる。が、ぼくの耳には耳栓がすっぽりはまっていて、よく聞き取れない。
しゃあなしに耳栓を取って、声を出す。「何ですか?」 
「スマホがうんちゃらかんちゃら」と聞こえた。
しゃあない。ぼくは可及的速やかに後処理を済まし、パンツをはき、ズボンをあげて、ボタンを押して水を流し、ドアを開けた。
「スマホ落ちてませんでしたか?」
ものすごいテンパッた、というよりも蒼ざめたの青年がそこに立っていた。
「いや、なかったけど」とぼくは答えた。
彼はぼくの立っている個室内に、不遜にも侵入を試みる。おいおい。こいつ、まさかワイのことを疑っとんか。ボディチェックさせてくれとか言われたらどないしょ、と思った。
「いや、なかったって。ほんまにここなん?」とぼくは言った。
「いや、覚えてへん」
「……」
いぶかしい顔をしていると、「ちょお、お兄さん、わかるでしょ、スマホなくしたらテンパるでしょ」と彼は言う。
「まあ」とぼくはうなずく。
でも、ここにはないのだ。そもそもの話、失くした場所がわからなければ、見つかるものも見つからない。……そうは思わないのか?

テンパリー氏は何かに気づいたというような顔で、隣の個室から出てきた掃除のおばちゃんに声をかけた。
「おばちゃん、なあ、おばちゃん。ここにスマホ落ちてへんかった?」
「ああ、これ?」
「それ!」
テンパリー氏の顔に赤みが戻ったのを見届けた後、「良かったやん」と言って手を洗い、ブイーンと手を乾かして、耳栓を耳にねじりこみ、ぼくはホールに向かった。後ろの方で、ああ、ホンマに良かった、マジで、テンパった。ああ、良かった、という声が耳栓をしているにも関わらず聞こえた。

やれやれ。

ぼくだって、彼のように取り乱したことは、この人生で何度だってあった。お金の入ったカードを入れっぱなしで席を立ってしまうことなんて(いまだに)しょっちゅうあるし、一万円を素で落としたこともあった(見つからなかった)。財布を落としたと思った瞬間に盗まれてしまったこともあった(高校生の頃のことだ)。今まで購入した帽子、サングラス、アクセサリーの類は数え切れないほど失くした。パチ屋でさあ打とうと思ったらポケットにお金が入っていないことに気づいたこともあった(家に戻ったらあった)。先日も、カウンターのお姉さんの手違いに気づかず、景品を千円分もらい忘れてしまった。

ただ、何が起きたとしても、テンパッてはいけない。テンパッたとしても、顔に出してはいけない。それだけはしてはいけない。目的地までの最短距離を進むには、冷静さという切符を取り戻さなければいけない。これは鉄則である。浮ついた心で進む道は、ほとんどが無駄足になってしまうものだ。テンパッてはいけない。テンパッたとしても、顔に出してはいけない。繰り返す。これは鉄則である。
そもそもぜったいに失くしてはいけないものは、何があっても失くしてはいけない。あるいは、形あるものはすべて失うと、心得なければならない。所有など幻想だと、自分に言い聞かさなければいけない。

ケータイは、またはスマホは、属人的である。どこか人間味がある。だからその人が日本的わびさびに精通した(味覚のある)人物である限り、それを盗んでしまえ、とはなかなか思えないものだ。が、お金はそうではない。超人間的であり、人間味は一切しない。お金はしゃぶっても味がしない。だからいくら持ってもお腹いっぱいにならないのだ。
お金は(紙幣にしろコインにしろ)どんな人間が使っても(総理大臣でも幼稚園児でも)等しい価値があり、また、国内である限り、どこでも同じように使える。だからお金を落とし、それを誰かが拾ったとして、それオレのお金や、と言って証明するのは至難の業である。幸か不幸か、ギャンブルとはそのお金をやりとりするのである。

ギャンブルが教えてくれる最良のものは、失ったものは(叫んでもテンパッても何をしても)戻ってこないという、極々あたりまえの事実である。ぼくはそう思う。彼は大切なことを再確認させてくれた。ありがとう。

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