心の穴には、修復が可能なものと、可能でないものがあるような気がする。 

たとえば中学生の頃、祖母の死で空いた心の穴は、いまだに開きっぱなしである。 が、ぼくはバカなのでその穴のことを忘れてしまう。時々、思い出してどうしようもなく悲しくなる。というかたぶん、祖母の死がぼくの脳に忘却、という機能をつけてくれたのだった。ありがとう。

人は忘れることで生きていける。それはたしかにそうなのだけど、そういう悲しみから逃れることはできない。

たとえば70年前の今日、大日本帝国は敗戦を迎えた。ぼくたちのおじいちゃんおばあちゃんは、ひいおじいちゃんひいおばあちゃんは、この日何を思っただろう? 
耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた世代である。個人個人、意見は違うだろう。が、戦後の平和を享受しまくってるぼくは思う。絶対にこのこと(敗戦)を忘れてはいけない、と。バカだけどそう思う。

ぼくは戦争は絶対に反対だ。絶対に。誰が何を言おうが何をどう取り繕おうが、絶対に反対だ。が、戦争というものが娯楽要素に満ち満ちていることも理解している。

ぼくの好きなもの、たとえば宮崎駿の映画、たとえば少年マンガ、たとえば球技、たとえば将棋、全部戦争がベースじゃないか。

       ΦΦΦ

ぼくが中学生の頃、おそらくぼくは日本で有数のからまれるボーイだった。なぜならぼくは、たぶんぼくは、とてもとても目が悪かったからだ。ディスコクイーンのごとく、ぼくが歩けば年長の男性が近寄ってきた。高校生が、プー太郎が、おっさんが。そんなとき、ぼくの目は悪すぎて一歩遅れてしまうのだ。おまけに目が悪いせいで、からんでくるやつが全員ラオウに見えるのだった。

「おい、てめー、何見てんだよ?」

いや、見てないっすよ(ボコッ)。

「てめー、目つきわりいな。調子乗ってんな」

いや、乗ってないすよ(メコッ)。

ぼくはその後、秘密兵器を手にした。

コンタクトレンズである。あるいはメガネである。その後、コンタクトあるいはメガネを装着したぼくにからんでくる人間はひとりとしていなかった。これ、マジで。

海外に滞在中、深夜、危ないと言われる地域をひとりで歩いていても、である。中学の頃の経験が役に立っているのかな。この間、酔っ払って中学生の頃よくからまれた地域を闊歩してみた。今、オレのポケットの中にはスロットの勝ち分が全部入ってる。……が、からんでくる人は誰もいなかった。

あの頃好き放題ぶん殴られたぼくは、一体なんだったのだろう?

       ΦΦΦ

……どうでもいい。今となってはそんなことどうでもいい。酔って気が大きくなっただけだ。大げさに書いてみたが、本当にどうでもいいんだ。当時ぼくを殴ったやつが幸せになろうが不幸になろうが、ヤクザになろうが、会社を興そうが、どうでもいい話だ。

心に穴が開く理由はたくさんある。でも、その根本はひとつである。

1、行動

2、結果

ぼくたちは行動に結果が伴わないと傷つく生き物である。その生き物は、本能的に戦争を求めてしまうことを、忘れてはいけない、と思う。


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