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思うに、人間の感じるヒキ弱には、3種類のパターンがあると思う。

1、甘え

2、勘違い

3、不幸


正真正銘、誰が見てもヒキ弱という状態は、不幸だけである。
大切なのは、それが本当のヒキ弱、つまり、不幸であるかどうかを見極めることだ。ヒキ弱という不幸よりも不幸なのは、起きて当然の結果であるにもかかわらず、それをヒキ弱のせいにしたり、ヒキ弱と勘違いしてしまうことなのだから。

たとえば、継続率9割のAT機で、単発で終わることはヒキ弱だろうか? 否。それはヒキ弱じゃなくてただ1割の確率を引いただけの話だ。10回に1回は起きる些事である。

ある程度初代モンキーターンを打っていて、超抜チャレンジを一度もクリアしたことがないという人はおるまい。初代聖矢をある程度打っていて、日時計ミッションをクリアしたことがないという人もおるまい(厳密にはリプの9.5%だっけな)。1割とはつまり些事なのだ。

では、継続率9割のAT機で、2連続で単発だった場合はどうだろう? 些事とはいえないが、不幸と言えるレベルではないように思う。だって100回に1度は起きてしまうのだ。

スロッターの最大の長所は、膨大な試行回数をこなすことができるということだ。膨大な試行回数の前では、1%の確率を引いたからといってヒキ強とは言えない。ということは、その程度ではヒキ弱とは言えない。

1%が不幸でないならば、何%が不幸なのだろう? どれくらいの不幸をヒキ弱と呼ぶのだろう?

それを定義するためには、スロッターがスロットをする目的を定めなければいけない。前提条件が決まらなければ正確な結果は得られないからだ。

仮に、月に1000万欲しい! としよう。その場合、この考察はすべてパー。無に帰してしまう。ヒキ強もヒキ弱もない。だってそれは無理な注文なのだ。スロットはあなたの目的を叶えてはくれません。you go your way.お引取りを。

ということで、日本のスロット人口の1割ほどいると目されるスロプロをモデルケースにしよう。プロである以上、スロットを打つ目的は「暮らす」ことである。

となると、「もう暮らしていけない……」という状態が、不幸認定のラインになる。では、暮らしていけないレベルの不幸とは、どういうものなのか?

その前に、自分に問わなければいけないことが2点ある。

1、「打った台は、本当に期待値があったのか?(狙い目は正しかったか、やめ時を誤らなかったか)」

2、「できることはしたか?(通える範囲にある店回りはしたか、リセットの傾向は把握しているか)」

1、「期待値はあったか?」
イエス。期待値はあった。もちろんヤメドキも適切だった。

2、「自分にできることはしたか?」
イエス。自分にできることは全部した。

でも、2~3日じゃダメだ。最低でも1ヶ月は見なければ、不幸なのか、些事なのかは判断できない。期間を設定する意味はあんまりないのだけど、我々その日暮らしギャンブラーにとって、「ツキ」という言葉は神聖な単語であるからして、やはり月単位の収支は気にしたいよね(じゃない?)。

よろしい。今から(ぼくにとって)期待値を追うときに起きる不幸、つまりヒキ弱を定義する。文章系肌感覚スロッター寿、ざっくり目分量で決めさせてもらいます。

(ぼくにとって)ヒキ弱とは、間違いなくいける、と判断したボーダーで月に200台打って、負け越すことである。

ヒキ弱が決まれば、ヒキ強も自動的に決まる。

(ぼくにとって)ヒキ強とは、間違いなくいける、と判断したボーダーではあるが、月に100台以下しか打っていないにもかかわらず、勝ち金が100万を超えてしまうことである。(凱旋の1460~を99台とか、一般人には実行不可能な前提はなしねwそれ絶対100万イクもん)

数値の目安としては、60~70万(あるいはそれ以上)の期待値割れがヒキ弱、60~70万(あるいはそれ以上)の期待値の上ブレがヒキ強。これ以外は、些事、ドノーマル。

何だ。ぼくは生まれてこのかた、ヒキ弱にもヒキ強にもなったことが1回もないじゃんか。
よかった。ヒキ弱もヒキ強も不幸もなかったんだ(ほっ)。
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本日の一点「郵便配達夫ジョセフ・ルーランの肖像」フィンセント・ファン・ゴッホ 1889年

追伸

でも、月に200台打つって大変だよね(ぼそっ)。

本稿の結論は、「暮らす」ことを前提に考えた「ヒキ」の考えかたであり、月に1度しかスロットを打たない人が、プレミアを引いてそれが単発で終わったとしたら、プレミアを引いたことに関してはヒキ強、単発で終わったことに関してはヒキ弱、という考え方でいいと思います(逃げた)。すべては「前提条件」で決まる。これ、重要。スロットの勝敗は打つ前にほとんどが決まっているのだから。