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北極圏で出会ったアザラシさん


どこでもいいから遠くへ行きたい。
遠くへ行けるのは、天才だけだ。

寺山修司「煙草」から


まえがきみたいなもの 

街の性感帯 
1、上野公園
2、卒業式
3、東京タワー
4、花が咲いていた
5、wtf? 3days 140000YEN!
6、ヤヨイのヨイ
7、街の性感帯  破 





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 御殿場ICでいったん下道に出て、見つけたそば屋でちゃちゃっと食事を取り、神奈川方面に引き返した。箱根スカイラインに乗って、芦ノ湖スカイラインに乗った。そして一般道に出て、熱海を目指した。僕は窓を全開にしてタバコを吸った。
「あああああああ」外に向かってほどほどの音量で吼えた。
「どうした?」太郎が言った。
「高速ずっと乗ってっと、何か神経おかしくならね?」
「運転してっとそうでもない」
「あ、わかります」太郎の後ろに座るカオリが言った。「自分はただ座ってるだけなのに、見える景色がめまぐるしく変わるからですかね」
「何でいきなり敬語になったの?」僕の後ろに座るサオリが言う。
「わかんないけど、共感したから」

 サオリとカオリは看護学校時代の同級生だという。看護師の資格も持っているという。今は無職らしいが、その気になれば、いつでも就職はできる、という。それはどうかな、と僕は思う。この社会はとかく「空白」に神経質な気がする。いや、就職なんてするつもりも、バイトすらしたことのない僕が言うのもあれだけど。

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「太郎くんとサダくんは熱海に何しにいくの?」サオリが言った。
「それは言えねえ」と太郎。何だこいつ、と思うものの、自分の言葉で怒りメーターをためるのは阿呆のすることなので僕は黙り、代わりにタバコをスパスパ吸った。
「言えし」とサオリが言う。
「言えねえし」
 言えし、言えねえし、の応酬に、つい「おまえら馬鹿じゃねえの」と口が滑ってしまった。

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 この頃の僕は、今よりも口が悪かった。若かったせいもあるけれど、何かを失うことなんて考えられなかったからだと思う。というか、時間がすべてを変え、すべてを奪っていくなんて、わかってはいたけど、実感できなかったのだ。この後、僕は佐和という女性と同棲をはじめ、太郎はステップワゴンとともにどこかに消え、そのうちに佐和とも別れた。小僧と出会い、タバコをやめ、そして僕の目の前で太郎は死んだ。それらは記憶の中で巨大な塔、あるいはピラミッドのように屹立している。そのモニュメントには決して触れられないし、届かない。だが、屹立している。衰えない勃起のように、恥ずかしいくらい、うんざりするくらい、大きな領域を占めている。

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 熱海は灰色の中に緑を湛えて沈黙していた。どんよりとして、蒸し暑い、夏の景色。が、海が見えるとそれでも少しテンションが上がった。
「海、入りたいね」サオリが言った。
「水着は?」カオリが言った。
「ない……」
「じゃあ我慢しなさい」
 どちらかといえば、サオリは太郎に似ていた。どちらかといえば、カオリは僕に似ていた。人間関係の基本は相補性にあり、だからどこかで似てくるのかもしれない。
「まずはチェックインしねえとな」と太郎が言った。
 海沿いに建つ立派な建物だった。
「あのじいさん、すげえ人だったんだな」と僕は言った。
「人に親切をすると、何かが起きるんだよ」太郎は得意気に言った。
 何か、ねえ……。

「太郎様、サダオ様ですね」コンシェルジュらしき白髪の男性が言った。
「そうでーす」と太郎は笑顔で言った。「ちょっとふたり増えちゃったけど、いいよね」
 何でこいつはこんなに軽いのだろう、と不安にならないでもないが、まあ、こいつはこういうやつなのだ。
「承知しました」とコンシェルジュは言った。「こちらへ」

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 その部屋は、海を一望できる建物の最上階にあり、リビングがひとつ、ベッドルームがふたつ、いわゆるスイートルームだった。
「ねえ、あなたたち、何者?」とサオリは言った。
「だからスロッターって言ってるだろ」太郎は憤慨するように言った。
 答えになってねえ、と思ったが黙っていた。ドアがコンコン、と鳴った。
「はい」と言ってドアを開けると、白髪のコンシェルジュが立っていた。
「サダオ様、太郎様、オーナーがお呼びです」
「しゃあねえ、サダオ、行こうぜ」
 しゃあねえじゃねえだろ、と思いながら、僕はうなずいた。「ああ」

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「ありがとう。感謝の言葉しかない」小柄な老人は、ベッドの上でそう言った。
「そんなのはいいよ。じいちゃん、何でスロットなんて打ってたの?」太郎はざっくばらんにそう言った。
「何か、出そうな気がしたんだよ」
「こんなでかいホテル? 旅館? わかんねえけどこんな施設を持ってて、スロットなんて打ちたくなるもんなの?」
「家でじっとしてるのが苦手でね。久我山の家ではやることもなかったし、私は叩き上げだからね」小柄な老人は言った。「スロットくらい打つさ。それに、このホテルだって見せかけだけのまやかしだ。熱海には歴史のある旅館がたくさんある。歴史とはつまり、存続のための努力の歴史だ。このホテルには継続性がない。ここの従業員の顔を見ただろう? みな年老いてる。それぞれがスペシャリストではあるが、どうあがいても、そのうちに朽ちる。ホテルも、人も。この街もそうだ。今はリタイヤして移り込んでくる老人がたくさんいる。だが、20年後はどうだろう? 50年後は? 私には想像できない」
「もったいないね」太郎はしみじみと言った。
「何なら君がやってくれるか?」
「商売はいいや」太郎は首を横に振った。「おれはもっとでかいことをするんだ」

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「おまえ、頭おかしいんじゃねえの?」老人の部屋を出た僕は言った。
「何が?」
「おまえ金持ちになりたいんじゃなかったっけ」
「サダオ、おれは金が欲しいわけじゃない。たくさんの金を使える人間になりたいだけだ。それは大きな違いだ。金は稼ぐものじゃなくて、使うものだからな」
「一理ある」僕はそう言って、黙った。「……」
「サダオ?」
「……」
「またゾーン入っちゃったよ」


つづく


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