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限度をこさぬ快楽なんて、快楽のうちに入るかしら?

マルキ・ド・サド「新ジュスティーヌ抄」から

作品のカバー絵
東洲斎写楽「三世沢村宗十郎の大岸蔵人」


まえがきみたいなもの 

街の性感帯 
1、上野公園
2、卒業式
3、東京タワー
4、花が咲いていた
5、スリーデイズ、フォーティーマーン
 



       ΦΦΦ

 何て呼べばいいですか?
 胸元のざっくり開いたドレスを着た、胸が大きくも、小さくもない、不美人でも、美人でもない、女性という概念をサンプリングしてつくったような、中間領域の主みたいな女はそう言った。
「あ、ヒサシです」ぼくは言った。恥ずかしいのでゴニョゴニョ言った。
「はい?」
「あ、ヒサシです」
「すいません。ヒサシさんですね。ヒサシさんは何をしてる人ですか?」
「自由業です」
「社長さんですか?(食い気味に)」
「社、でも、長、でもないですけど」
「(やや遅れて)個人事業主さんなんですね」
「まあ、そんなもんっすね……」
 ……めんどくせえ、と思う。何でこんなめんどくせえことになってるんだろう、と思う。どこかにターニングポイントがあるはずなんだ、と思う。それを探そうと思う。何で? 酔ってるからに決まってんだろ(ドレミの怒)。

       ΦΦΦ

 ぼくの名前はヒサシ、小説家である。さっぱり売れないけどね。売れないってことは、それでは食っていけないってこった。じゃあどうするかってえと、副業的なサムシングに手を染めている。副業? イエス。パ、チンコ。パ、チンコで生活する、と言うと、「え、マジ? 遊んで食べてるんだ、いいね」とか言うやつがいるけど、ちゃうよ、全然ちゃうよ。マジちゃうからね。

 勝率の高いギャンブルとはいえ、立て続けにマイナスを食らって意気消沈することもたびたび。というか、今がまさにそんな時期であり、ぼくは3日で14万(単位:日本イエン)を消失したのでありました。イエーイ。
 14マソ。ま、それくらいは間々あるぞ。あるある。ほんとだよ。しょっちゅうある、とは言わないまでも、年に数度、つまり数ヶ月に一度の割合で訪れる程度の些事である。が、こっちからすれば、些事ちゃうわ。些事ちゃうねん、きついねん、ほんまに。吐きそやねん。じゃあどうするかってえと、どうにもならんので、ぼくはパ、チンコを切り上げて、街に繰り出したのだった。

 1軒目 ブリティッシュパブ

 まずはギネスでノドの滑りを確認。が、時間が早いのか、飲んでいるのはぼくだけである。人が全然いないところで飲むのは、どうしてだろう? 忍びない。ということで、ちゃちゃっと2杯飲んで、移動する。

お会計は1500円強(ハッピーアワー)。

 2軒目 居酒屋(オーナーと板前が同一人物のお店)

 ある程度お腹にたまるものを食しつつ、純米酒をぐいとあおる。

 アナゴの白焼き
 
 シンコとガリ(生姜の甘酢漬け)の海苔巻き

 白エビのから揚げ

 うま。何これ。うまっ。何がうまいかと言えば、素材なわけで、その素材をまな板に載せた(あるいは徳利に注いだ)人間の勝利なわけで。グッジョブ。良い感じで酔いが回ってきたところで、次へ。

お会計は5500円弱。

 3軒目 BAR

 ノドの乾きにジン&トニック。ぬぬ。ビターズ(苦味酒・苦味剤ともよばれる。昔は胃薬などとして使われていた。フロムwiki)が少量効いてるところにただならぬセンスを感じ、もう一杯。次はショートカクテルを所望する。
「ここ、美味しいですよねえ」隣の男性(年配)が喋りかけてくる。
「うん。美味しい」と返す。
 やってきたカクテルを三口で飲み干し、お会計。今ぼくは完全に芯を食っている。野球のボールやったら、スタンドインである(ファー)。

お会計は3500円弱。

 4軒目 ラーメン屋

 ちょっと小腹が空いたので、缶ビールをお供に看板のラーメンを。うまし。

お会計は1000円強。

 ラーメン屋を出たところで、唐突に黒いシャツを着た男に声をかけられた。
「お兄さん、ちょっと寄ってきませんか?」

 無論、手で制す。寄っていかない、と。

「いやいや、お兄さん、じゃあ、ちょっと酔ってきませんか?」

 無論、手で制す。だから寄ってかないって。……うーん、寄ってと酔ってをかけてんのね。自分、おもろいこと言うね。気づくと、ぼくはその男の口車に乗せられどこかに運ばれていた。

「じゃあ、ここになりますんで、よろしくお願いします」黒いシャツを着た男は言った。
「ういっす」とぼくは言った。そう、ワガハイ、酔っているのである。

 ハイになったワガハイの横に座った女は、何かの間違いじゃないか、と固まってしまうくらいの別嬪さんだった。が、別嬪さんというのは、ただ容姿だけの話であり、その女のあまりの態度の悪さに、いや、より正確に言うと接客意識の低さに、ぼくは具合が悪くなってしまった。何か飲んでもいいですか? と言われ、いやすいません貧乏なんで無理です、と言った。トイレの水を是非、と言いたいのをこらえての謙遜だった。数分を経て、ステチェンした。ヒアカムズザニューチャレンジャー。

 何て呼べばいいですか?
 胸元のざっくり開いたドレスを着た、胸が大きくも、小さくもない、不美人でも、美人でもない、女性という概念をサンプリングしてつくったような、中間領域の主みたいな女はそう言った。
「あ、ヒサシです」ぼくは言った。恥ずかしいのでゴニョゴニョと言った。
「はい?」
「あ、ヒサシです」

 あれ? デジャビュかな? と思ったあなた。そう、この小説のはじまりの文章だ。ここから世界ははじまり、ここから世界は終わる。ともあれ、ぼくの前には中間領域の国の主、すなわち、中つ国のミコトがついたのだった。が、中つ国のミコトじゃ長過ぎるので、以後、ナカミさんと呼称させていただく。

「ヒサシさんはおいくつですか?」
 ナカミの質問に、「三千歳」とぼくは答えた。正直、しんどかった。もう帰りたかった。二日酔いのない国に行きたい二日酔い(狂歌)状態に足を踏み入れていた。もうこんな国嫌なのだった。
「え、三十歳には見えない」とナカミは言う。
「(三十言うてへんけど)つうかさ、ナカミさん、客の年齢を聞く理由って何? 何なの? ヒマなの? ヒマジンなの?」
「ヒサシさんどうして怒ってるんですか? てか、ナカミさんって誰? うちのこと? イミわかんないんだけど。てか、酔ってるの?」
「酔ってるか酔ってないかでいえば、ヨット」
「はい?」ナカミはシリアスに不審者を見るような目でぼくを見ている。
「ヨット」
「……」
「あらヨット」
「……」
「ええと、お会計、してもらえますか?」ぼくはそう言った。一秒でも早くこの茶番劇を終わらせたかった。
 ボーイがものものしい伝票を持ってやってきて、ぼくは魂消た。たまげる、というのは、魂が消える、転じてそれくらい驚くという意味の江戸時代あたりにできた日本語である(諸説あり)。

 3万2400円、と書いてあるのだった。時計を見ると、33分しか経っていないにもかかわらず、である。

 これが、30万、と書いてあったり、300円、と書いてあったりすれば、オイオイ、オイ、と思うし、前者なら警察を呼ぶところだけど、何という微妙な値段。さっきわしに声をかけた男は3000円と言ったのだが? ナカミは無視してボーイにそう言った。
「このお店は自動延長制でして、最初の30分は3000円なのですが、それ以後は、この内訳の値段が発生するんですね」

 内訳を見て、へえ、と思った。

 30分 3000円
 延長料金1時間 17000円
 (サービス料 35% タクス 15%)
計 30000円
 消費税 8%


 タクス? ともあれ、タックスというのは税金という意味であるからして、二重に税金を取るということは、この店はたぶん、政府直属の店なのだ。どこの政府かは知らんがね。
「あ、後、30分はいても大丈夫ですよ」ボーイはにこやかな顔で言った。
 3万3千円を出し、釣りはいらない、と言って、外に出た。
「ありがとうございまーす」という声が聞こえた。

 外に出た瞬間に、ぐちゃ、という音が聞こえた。何事かと思えば、何者かが吐き出したチューイングガムをワガハイの黄金の左足が踏んでしまったのだった。
 ねちょ、ねちょ、ねちょ、不快だ。実に不快だ。ねちょ、ねちょ、ねちょ、ねちょ。

       ΦΦΦ

 ねちょ、ねちょ、ねちょ、と歩きながら駅に着いて、終電が終わってしまったことを知った。ふむ。財布の中に金がほとんど入っていない。明らかに最後のあれが余計だった。が、余計だったとはいえ、パ、チンコで負けた金額よりも少ない。何でだろう。何でだろおおおお。

 ねちょ、ねちょ、ねちょ、と歩きながら、ぼくは向かった。どこへ? 夜の街へ。気づくと漫画喫茶の個室でぶっ倒れていた。我が名はヒサシ。副業はパ、チンコ。趣味は二日酔いと後悔という、小説家だ。


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