DSC_0426
北極圏で出会ったアザラシさん

どこでもいいから遠くへ行きたい。
遠くへ行けるのは、天才だけだ。

寺山修司「煙草」から


まえがきみたいなもの 

街の性感帯
1、上野公園
2、卒業式
3、東京タワー
4、花が咲いていた
5、wtf? 3days 140000YEN!
6、ヤヨイのヨイ
7、街の性感帯 序 


 


 これは僕が師匠なんてふざけた呼び名で呼ばれるようになる前の話である。

 東名高速

 運転席でハンドルを握るこいつの名前は太郎、一応、僕の相棒ということになる。苗字は知らない。で、後ろに乗っているのは、カオリとサオリ、サービスエリアでなぜかヒッチハイクをしていた二人組である。素性は知らない。太郎が乗せてやるよと言って勝手に乗せたのだ。

 何でこんなことになっているかを説明したい。誰が、誰に? 僕が、僕に。僕は不可解なことがあると、それを言語化しなければ気が済まないのだ。そのためには、僕がどういう人物か、というところからはじめねばなるまい。

 僕は無職だ。無職ではあるが、収入はある。ある程度の貯金もある。どこから収入を得ているか? パチ屋で。スロットの設定狙いで。後何だ? 年齢、出身、性別……名前か。24歳、東京、男、相棒からはサダオと呼ばれている。

       777

 で、だ。なぜスロットで生活する我々がパチ屋の開いている時間に高速などを走っているかといえば、その理由もパチ屋から生じたのだった。今日は店のどこかに全六の機種があるというイベントで、僕と太郎は首尾よく当該機種を探り当て、閉店までぶん回し状態に入っていたところ、太郎の隣(別の台だ)で打っていたおじいちゃんが、いきなりバタン、と椅子から倒れたのだった。太郎は老人のもとに駆け寄って、何ら逡巡せずに心臓マッサージをはじめた。
「おまえは打ってて、おれ、じいちゃん連れてくから」そう言って太郎は老人を担いでどこかに消えた。今はどこのパチ屋にもAEDが設置されていたりするが、当時はそうでもなかった。太郎の処置がなかったら危なかった、と老人は述懐した。30分後、台が整理されてしまうギリギリに戻ってきた太郎は、「おいサダオ、この台やめるぞ。熱海行くぞ」と言ったのだった。

       777

「おい、サダオ、おまえまたゾーン入ってんぞ」
「……」
 僕が沈思黙考することを、こいつはゾーンと呼ぶ。頭が悪いからだろう。スロットで得た金で共同購入した黒いステップワゴンの車内には、太郎のセレクトでノマノマイェイ、ノマノマイェイ、みたいなダンスミュージックが流れている。後ろの女たちはノマノマイェイ、ノマノマイェイ歌っている。
「ねえねえ、お兄さんたち何してる人」さっきサオリと名乗った女が言った。
 太郎は偉そうにこう答えた。「スロッター」
「は?」と言ったのは僕だった。この男には、恥じらいとか慎みとかそういう感情が欠落しているのだ。
「お姉さんたちは何してる人?」僕を無視して太郎は言った。
「え? うちら、無職ー」
「じゃあ何しに静岡向かってんの?」
「富士山見たくて」
「あのさ」と僕は言った。「富士山って夏はほとんど見えないって言うよ?」
「マジ? カオリ、どうする?」
「見えなくても富士山はあるんでしょ。じゃあよくない?」カオリはそう言った。
「それもそうだね」とサオリは言った。「お兄さんたちはどこに向かってるの?」
「おれらは熱海」太郎が答える。
「それ方向同じなの?」
「違う」
「いいの?」
「いいのいいの」と太郎は言う。
 僕は思考の世界に戻る。僕と太郎が捨てた2台の設定6の(捨てた時間から閉店まで打ち切ったと仮定したときの)期待値は、およそ20万円。太郎がもらった謝礼金は100万円。差し引き80万円。一も二もなく僕と太郎はスロットをやめ、後ろに張っていた同業が不思議そうな顔で台を押さえに来るのを横目にコインを流し、2人で8千円という勝ち金を得て、愛車ステップワゴンに乗り込んだのだった。

       777

 高速道路というのは不思議な空間である。日常生活に必要な店がないのだ。電気屋もなければ、花屋もない、金物屋もなければ、もちろんパチ屋もない。あるのは道路のみ。幅広い路肩、非常用の電話、そして唯一の商業施設、パーキング、サービスエリア。サービスエリアに換金可能なスロット台やパチンコ台が置いてあったら儲かりそうなのにな、と思う。
「太郎、何時までに熱海に来いとか聞いてるか?」
「今日中だったらいいんじゃねえの?」
 やれやれ、と言いたい。やれやれ、と突き放したいが、無理だ。僕は太郎の無鉄砲を是正しなければ気が済まない性格なのだ。「よくねえだろ」
「もう金もらってるし」
「だからだろ。中途半端に請け負うんだったら最初から頼まれごとなんてすんなよ」
「喧嘩中?」後ろの席のサオリが言った。
「ああ、これ通常」と太郎は言う。「こいつちょっと頭があれだから」
「あの、もし都合悪いなら、次のパーキングでおろしてもらってもいいよ」カオリが言った。
「大丈夫大丈夫。こいつあれだから、頭があれなだけだから」
「あれって何?」サオリとカオリはふたりして笑った。
 僕はタバコをくわえ、火をつけてから窓を開けた。ビューーーーーーーーという風の音で音楽がまったく聞こえなくなった。僕はすぐにタバコをもみ消して、窓を閉めた。

       777

 やはり御殿場についても富士山は見えなかった。
「どこでおりる?」と太郎は言った。
「ここどこ?」とサオリは言う。
「御殿場」と太郎は答える。
「富士山までどれくらい?」
「すぐそこ。20キロないんじゃね」と僕は言う。
「ああ、そう。じゃあその辺で適当に」とサオリは言う。
「自殺とかじゃないよね」と僕は言う。
「なわけないじゃん」カオリが即答する。
「この分だと富士山見えねえし、逆におれらと一緒に熱海行かね?」太郎が本当に逆の発想でそう言った。
「熱海?」そう言って、サオリとカオリは目を合わせた。「何するの?」
「温泉パーリー」
「温泉もいいね」とカオリは言った。
「熱海って何県?」とサオリは聞いた。
「ここと同じ静岡県」と太郎は答える。
「じゃあ、そうしよっか」サオリが言った。
「……は?」と言ったのは僕だった。

       777

 僕の疑問符が宙に浮かんだままで話が進んでいく。いつもそうだ。こいつと一緒に生活するようになって、僕は自分の限界の3割手前で怒る癖がついてしまった。僕が何を言ってもこいつは変わらない。だからこそ、僕は先に線引きする。それ(怒りメーター)が限界に達したときコンビは終わる。それをわかっているから、太郎は僕があきれる前に態度を軟化させる。
「なあ、サダオ、何食いたい?」
 ほら、来た。
「今腹減ってねえ」
「おれ腹減ったから何か食おうぜ」
「……」

つづく


ブログランキング・にほんブログ村へ 


人気ブログランキングへ 
 



街の性感帯 破へ