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今回は、文章の形、イエス、文体の話。

引用は、「スロハイ-今この機種で勝ってます」まちゃさんの文章から。

vsハナビ高設定狙いメイン6日間




一番弱い立場の僕らはさらなる現場感覚を磨くことでしか戦えない時代になっていくのは間違いない。より良い水場を求めて。雨季乾季を敏感に感じ取り即行動に移す。

それができないのならその世界で淘汰されるのみだ。ただし、食物連鎖の一番下の僕らは頂点が崩れても逃げまどい舞台を変えて最後に生き残れる存在でそれが強みだと思う。

だから一番弱いけど一番強いんだ。



肌感覚での期待値(優位性)の理解。これこそが、すべての賭け事(勝負)に通ずるテクニックだとぼくは思う。

スポンサーの機嫌をうかがわず、同調圧力や、読者の過剰な反応を受け流し、自分のしたいことを追求する。今の世界で何かを発言するときに一番強いのは、孤独と無報酬(報酬を拒否できる態度)なのだ。


まちゃさんは、去年のブログ記事
沖ドキ!もしBIG後バックランプにモード示唆があったら・・・設定変更後B狙い6日目12/14+550枚」のコメント欄で、

立ち回りを作っているときがパチスロ打ってる時間の中で僕の一番の幸せな時です

と書いている。

スロットで勝つために一番簡単なのは勝ってる他人の真似をすることである。が、それはそれとして、選択肢のひとつとしてキープしたうえで、自分の道を切り開く、なぜならそれこそが、自分の喜びであるからだ、というステイトメント(宣言)。

文体という言葉には堅苦しいイメージがあるけれど、何てことはない。文章の顔くらいの意味である。人間の顔がそれぞれ違うように、人間にはそれぞれ固有の文体がある。ゆえに、良い文体、悪い文体、というのはない。良い人間と悪い人間を分ける明確なものさしがないように。が、楽しそうな文体と、楽しくなさそうな文体というのは明確にある。

世界を楽しそうな文体で測るのと、

世界を楽しくなさそうな文体で測るのと、

どちらを選ぶか?

目の前の世界を受け入れるためにできること。この世界を肯定すること。この世界を楽しむこと。