もし世界の終りが明日だとしても私は今日林檎の種子をまくだろう。
ゲオルグ・ゲオルギウ(あるいは寺山修司)

ゼロだよ。とにかくゼロに賭けるんだ。

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー「賭博者」より

どうにか、なる。
太宰治「晩年」より
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パチ屋のなくなった世界で

終章  the epilogue

牙リバコンビの登場人物紹介1「師匠、小僧、たけさん、越智さん、りんぼさん、梅さん、会長」

牙リバコンビの登場人物紹介2「太郎、桜井時生、榊原六、高崎、園田、御手洗優、田代、山口有希子、吉村、トモさん、牙、リバ」

牙リバコンビの登場人物紹介3「チーフ、タローズ」

牙リバコンビの登場人物紹介4「ヒラマサ、エリ、マリリンさん、沙耶ちゃん」

牙リバコンビの登場人物紹介5「佐和、サセさん、三木、山口、竹中」


本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。
 


最終回


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 みなさんありがとうございました。またどこかで飲みましょう。店主である竹田友和はそう言って、店の最後の客を見送った。 

 越智果歩は明日も仕事だから、と言ってタクシーで帰り、牙リバコンビは「おやすみなさい」と言って(近頃は寝床と化している)白いオデッセイの中に帰った。残った三人は、竹田家に戻って飲み直すことにした。
 が、湯のみに芋焼酎を注いで飲み始めたはいいが、家主はお疲れの様子だった。

「たけさん眠そうっすね」と小僧は言った。

「大丈夫、や……。ま、だ……、の、める」

 案の定、竹田新三郎はイビキを立てて眠り始めた。


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「小僧くん、ちょっと話、いいかな」

 小僧はうなずいた。

「君はこれから、どうするつもり?」

「どうするって?」

「これからの人生をどうやって歩んでいくつもりだい?」

「スロットを打ちますよ」

「この世界からパチ屋がなくなったら?」

「どこかに期待値を見つけますよ。りんぼさん」そう言って、小僧は湯のみの中の芋焼酎をごくごく飲んだ。

「期待値……広島にいる叔母さんは心配しないかな?」

「おれの人生なんで」

「少し想像してごらん。もう片方の目が見えなくなったら? あるいは体が不自由になったら? そしたらどうする?」

「りんぼさん、問題は人間の感情にあるんですよ」

「感情?」田所りんぼは感情が表情に現れるのを懸命に抑えて言った。
「期待値とは、穴のことです」小僧は自分に言い聞かすようにゆっくりと言う。「同じように、感情は欠点であることのほうが多いんですよね。好き嫌いだとか、嬉しい悲しいだとか。感情のある/なしよりも、期待値のある/なしを考えたほうが、生き残る確率は高いと思うんです」

「……君はそれを師匠から学んだのかい?」

「はい」

「それにしては、今思いついたみたいな顔をしてるけど?」

「はい。今思いつきました。でも、そう思えたのは、師匠の言葉があったからです」

「期待値の有無というのは損得勘定のことだよね。損得だけじゃ人間関係の問題は解決しないと思うんだけど、それについては?」
「好きとか嫌いって論理的じゃないことのほうが多いですよね。好き、大好き、愛してる。きもい、虫唾が走る、反吐が出る。言葉にするのは簡単ですが、感情にはリスクがあります。好きにしろ、嫌いにしろ。だからこそ、感情のあるところには、期待値があるんです。おれはそう思います」
「それらを感情の生き物である人間がどうやって見極めるんだい?」田所りんぼは聞いた。 

「穴を見つめるんです。それしかないです。だってほとんどのことはないものねだりなんです。おれにできるのは監視することしかない。おれの右目に視力はありません。死角です。ここに何かあっても見えないんです」そう言って小僧は右目の前に握りこぶしをつくった。「でも、死角を認識すれば、補える。穴を見つめるんですよ。りんぼさん」

「……小僧くん、君はいずれ、師匠を超えるかもね」

「りんぼさん、その考えかたは違います」小僧ははっきりと言った。「師匠と弟子は、超えるとか、下回るとか、そういう関係じゃない。つなぐか、途切れるか、それだけです」

「ふふん」と田所りんぼは笑った。「ふふふふふふん」

「どうしたんすか?」

「すべての人間は世界を変えたいと願う」田所りんぼは怖い貌で言った。「いや、事実、すべての人間は世界を変える力を持っている。その一番簡単な方法が破壊だよ。そしてそれは、全世界で行われている。毎日毎日、飽きもせずに世界のどこかで行われている。何だかわかるかい?」

「……自殺、ですか」
 田所りんぼは首を振った。 

「自分だけじゃない、動くもの、動かないもの、思想、信仰、器物、建造物、他の生物、他人、大勢の他人。そう、テロル(恐怖)だ」


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「りんぼさん、おれはこの世界を壊したくないっす」

「でも、君の世界を壊そうとしてくる人間は、今まで何度もやって来ただろ? 彼らも孤独なテロリストだ。血のつながりがあっても、たとえ徒党を組んでいたとしても、その魂は孤独なんだよ。つながりがない。だから、破壊しかできない。小僧くん、これからも君は、何度も何度も彼らに遭遇するんだよ」

「そうでしょうね」小僧は力強く肯定した。

「どうする?」田所りんぼは聞いた。

「おれは基本、押すことしかできないんす。押してダメでも、プッシュします。でも、今日、初めて引いてもいいかなって思いました。牙さんの受け売り、ですが」そう言って、小僧は照れ笑いを浮かべた。


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「小僧、それでええんじゃ」そう言って、竹田新三郎は大きく息を吸った。「たまには引いてもええんじゃ」

「たけさん、起きてたんだ……」残念そうな表情で田所りんぼは言った。

「なあ、りんぼん。おまえはわしのことを何やと思っとるんじゃ?」

「友だち……かな?」

「何で半信半疑なんじゃ。わしは友やと思っとるよ。なあ、りんぼん、おまえを友と見込んでお願いがある」

「何だい?」

「わしは師匠と小僧をもう一度会わせてやりたい。無理な願いか?」

「今すぐは、ね」
「わかった」そう言って、竹田新三郎は体を起こし、畳の上であぐらをかいた。「おい、りんぼん、わしは決めたぞ。もう少し生きてみるわ」

「そっか」田所りんぼは言った。明るいような、暗いような、寂しいような嬉しいような不思議な声色だった。 
「たけさん、りんぼさん」小僧は湯のみを片手に立ち上がり、高らかに声をあげた。「おれはとりあえず、師匠のいない間に、日本一になります」 

「どうやって?」田所りんぼが言った。
「おれ遍路がまだ終わってないんすよ。でも、その前に日本一周をしようと思います。各地のパチ屋でスロットを打ちながら。47都道府県で勝ち越すまでは帰ってきません」
「小僧くん、それじゃたけさん死んじまうよ……」
「ははっ」竹田新三郎は(ガンの)転移は認められませんでした、と医師に告げられたときよりも嬉しそうに笑った。「それ、わしも付き合うわ。近頃じゃ遠出といえば、おまえらを迎えに香川に行ったくらいやし。手始めに、梅雨明け宣言が出た沖縄に飛ぼう。あこはパチスロ発祥の地、なんやろ?」
「そうなんですか?」驚いたように小僧は言った。「沖縄か。いいっすねえ」
「そうと決まれば、乾杯や。小僧、氷持ってきてくれ」
「はーい」 

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「乾杯」竹田新三郎が言った。
「乾杯」小僧こと高木良太が言った。
 おかしいなあ。こんなシナリオじゃなかったんだけどな。田所りんぼは誰にも聞こえないくらいの声で言った。
「おい、りんぼん、乾杯」
 ……これはこれ、それはそれ、か。
「はいはい」田所りんぼはそう言って、笑った。「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」


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 201X年 サンフランシスコ国際空港(SFO)


 男は入国審査を待つ列に並んでいた。その表情は、幾分緊張しているようだった。「次の人」英語でそう言われ、師匠は覚悟を決め、管理官の前に立った。

「パスポートを」英語で言われ、パスポートを渡す。何を聞かれるのだろう? そう考えて、飛行機の中から色々とシミュレートしてきた。観光。ヨセミテ。メタセコイヤ。ゴールデンゲートブリッジ。リトルトーキョー。等々。が、何も聞かれず、ポンとハンコを押され、通された。こんなもんなのか、と拍子抜けしながらベルトコンベアーの前に立つ。特にトラブルもなく、甲賀市で打ったバジリスク「絆」で勝って東急ハンズで買ったトランクが流れてきた。税関を抜けるとそこはアメリカだった。


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 鼻から息を吸って、口から吐く。形容する言葉が思い当たらないが、少なくとも日本の匂いではなかった。さて、と。まずはレンタカーショップを探せって言ってたな。師匠はスタスタ歩いていく。

「お待ちしてました」誰かが日本語で言った。

 サングラスをかけてはいるが、その男の顔には見覚えがあった。
「元気でしたか?」と師匠は言う。
「おかげさまで」男は言った。 


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 建物の外に出ると、青空が広がっていた。湿度が低く、日陰だと肌寒いくらいだ。師匠は手に持っていたジャケットを羽織った。
「ここでちょっと待っててくださいね」と男が言い、少し待つと、真っ赤なオープンカーが現れた。

「ねえ、梅崎さん」師匠はそう言って、車の助手席に乗り込んだ。「殺し屋から何に転身したの?」

「……通訳ですかね。英語は以前仕事で覚えたんで」表情を変えずにそう言うと、ハンドルを握る梅崎はフォード・マスタングを発進させた。そして空港の敷地を出て、ハイウェイに乗った。

「色々あったね……」
 ひとりごとのような師匠の言葉を受けて、梅崎はサングラスを外した。「師匠、おれなんかのために……、本当によかったんですか?」
「……あのさあ、そろそろタメ口じゃダメかな?」

「もちろん構いませんよ」と梅崎は言う。「師匠は命の恩人ですから」

「俺実は、敬語って超苦手なんだよね」

「意外」本当に意外そうな顔で梅崎は言った。

「はは」師匠は気持ちよさそうに笑う。「でも、俺もタメ口にするから、梅崎さんもタメ口ね」
「え?」

「よし。呼び名から決めよう。梅崎、うーん、樹って呼んでいい? ここアメリカだし」

「……いいすよ」

「太郎とタメだっけ?」師匠こと山村崇は言った。

「そう」

「じゃあ、俺の二個上だ」

「へえ、師匠落ち着いてるから、同じくらいかちょっと上かと思ってた」梅崎樹は驚いたように言う。

「案外若いんだよ。てか、師匠もやめね?」

「いや、師匠は師匠。変更不可。あ、師匠、運転してみる? カリフォルニア州は日本の免許で行けるよ」

「運転する」

 梅崎樹はフォード・マスタングを路肩に停め、山村崇と運転を代わった。

「……左ハンも右側通行もコンバーチブルも生まれて初めてだわ」

「上が空いてるだけだし、操作は同じ。認識を全部逆に変えれば簡単だよ」

「キープライトね」

「イエス」梅崎樹はうなずいた。

「で、どこ目指すんだっけ?」

「最初の指示は、ネバダ州で二番目に大きなギャンブルシティ」
「名前は?」
「リノ」

「リノ、ね。ラスベガスじゃないんだね」そう言った後、山村崇は笑った。「……でもいいね。リノ。めっちゃ耳覚えあるわ」

「何で?」
「何ででしょう」
「ああ、スロットか」 

「そ。何かテンション上がってきた。ねえ、音楽とかない?」
「実は、師匠が喜びそうなのをみつくろっておいたんだよね」梅崎樹は言った。
「どんなの?」
「聴いたらわかるよ」  


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 そのアニメテイスト全開の音楽は、あれだった。わかるなんてもんじゃなかった。
「轟けDREAM(from押忍!番長)」

 僕はスロットの音楽をガンガンにかけた真っ赤なオープンカーで、インターステイト80号というハイウェイを飛ばした。パチ屋のなくなった世界で。期待値の見えない、まだ何も確定していない未来に向かってアクセルを踏み続けた。気づくと僕は泣いていた。嬉しいからか、哀しいからかはわからない。乾いた風に煽られ、涙はすぐ消えた。

 

おしまい


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