世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら歩め。


フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 永井均訳

「パチ屋のなくなった世界で」 

第四章

消えゆく僕の世界で僕は The world will be lost for change the world.

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本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。


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第十七回



牙リバコンビの登場人物紹介1
牙リバコンビの登場人物紹介2


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「いらっしゃいませ」と僕は言った。

――ひとりやけどええか? と客(推定五十代男性)は言った。

「どうぞこちらへ」そう言って、チーフが客を誘導した。

「いらっしゃいませ」改めて、僕はカウンターに座った客に向かって頭を下げた。

「サダさん、今日はもうここに立たなくてもいいですよ」小さな声でチーフは言った。

 そんなことを言われたって僕は今まで自分の食う分は自分で稼いできたわけで、というかスロットを打って自分の生活がまかなえるだけの金額を得てきたわけで、仕事とはそういうものだと思っていたわけで、パチンコ屋にまつわる経済のメカニズムなら、何となくというか完璧に理解しているつもりなわけで、しかしパチ屋で培ったそれらは現実の接客業に何一つ活かせないわけで、しかしただ座っている、というのは僕の中で仕事ではなく、何かしら手助けをしたくてモンモンとしているのが今の僕なのだった。


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「店長」というのが僕の今の肩書きである。 

 どうしてこんなことになっているのかを説明したい。誰に? 誰かに。誰よりも自分自身に。

 ……違う。自分だけじゃないよな、と思う。そうだな、と思う。小僧、たけさん。今の僕には説明責任があるのだった。自意識の過剰はそういうこともあるのだろう。後で彼らに話さなければいけない。僕がどこで何をしていたのかを。


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 小僧と別れた後、梅崎さんと向かったのは大阪だった。大阪府東大阪市、生駒山に抱かれたその場所に、太郎の墓はあった。墓碑には苗字はなく、ただ「太郎」と刻まれていた。りんぼさんの意思を、そして好意を感じた。

 ……でもこれじゃあれだな、犬みたいだな、と思う。

 僕と梅崎さんの後ろに、二人の男と一人の女が立っていた。

「サダさん」と三人は僕のことを呼んだ。あの野郎……


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 ……違う。そこからじゃない。説明するならもっと前からだ。どこだ? あそこだ。愛媛県三角寺。俺たちの遍路が中断した地点。


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「師匠すいませんでした」膝をついてそう言った梅崎さんに掴みかかったのは小僧だった。

「何で太郎さんは死ななきゃいけなかったんすか?」小僧は叫ぶように言った。「どうして? どうしてですか?」

「すいませんでした」梅崎さんは小僧につかまれたままそう言った。

「小僧、やめろ」僕はそう言っていた。

 風が吹いていた。冬の終わりと春の到来を同時に告げるような複雑な風だった。

「小僧すまん。ちょっと梅崎さんと二人にしてくれないか?」

「……わかりました」


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「師匠」と梅崎さんは言った。「お願いがあるんです」

「何ですか?」と僕は訊ねた。

「おれがこんなことを言えた義理ではないのは重々承知ですが、おれはマツを生き返らせたいと思っています」

「は?」
「師匠、マツ、いや、太郎の志を継ぐものがいます。彼らに会ってもらえませんか?」

「……彼ら? いや、っていうか、太郎を殺したのはあなたじゃないですか」僕はしどろもどろになりながらもそう言った。「それに、俺、ただのスロッターですよ?」
「承知してます」
「俺は集団が苦手なんです」 
「それも重々承知してます」 
「……俺に何かできるとは俺には思えません」
 梅崎さんは首を振り、こう言った。
「師匠にしかできないことなんです」

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「……梅崎さん」と僕は言った。「俺は数値化できるもの、言語化できるもの、あるいは自分の経験したことしか信じることができない。何より、死者の意志というのが俺にはわからない。太郎が何を考えていたかなんて、今になってはわかりようがない。それは太郎の名を借りた梅崎さんの意志ということですよね」

「違います」

「じゃあ太郎の志って何なんですか?」

「上昇の意志です」梅崎さんはきっぱりとそう言った。

「具体的には?」

「この世界に彼の名を残します」

「どうやって?」

「今は詳しくは言えません」
「数値化も言語化もできない話に乗ることはできません。この話にりんぼさんはからんでるんですか?」

 梅崎さんは首を振った。

「我々は、組織とは違う道を行きます」


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「我々?」

「名前を考えたんです」と梅崎さんは言った。「タローズ」

「タローズ?」
「タローズ、です」
「何かカフェみたいですね」と僕は言った。 

「インターネットで検索すると、タローズもタロウズもけっこうあるんですよね。だから逆にいいかなって思ったんです。太郎という名前の人間がどれだけたくさんいても、おれらにとって太郎は彼しかいない。それで手始めにタローズというお店をつくりました」

「お店って?」
「飲み屋です」
「……意味がわからない」と僕は言った。
「あいつ、自分の店をつくるのが夢だったんです」
 ……そんな話は聞いたことがなかった。というか、そうだな、将来の話なんて、俺と太郎の間でしたことはなかったな。
「太郎がどんなことを考えていたのか、俺にはわからない」僕はそう言った。「そんな夢があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。でも、少なくとも、その夢がついえたのは、あなたのせいですよ。梅崎さん」
「そうです。おれのせいです。だから、これはおれが人生を賭してやり遂げなければいけないことなんです」 


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 太郎、と僕は思う。おまえは間違っている。俺と梅崎さんは似ていない。俺はこんなにしつこくない。粘り強さがない。でも、今の俺にだって譲れないものがある。

「梅崎さん、俺には小僧と一緒に生きる義務があるんです」

「目が不自由な彼のそばにいてやりたい。まだスロットで生きていく術のすべてを教えてはいない。そういうことですか? 師匠、それは甘えじゃないですか? 師匠と弟子という関係性に甘えてるんじゃないですか? 本当に彼のためを思うなら、あなたなしで生きていく術を授けるべきじゃないですか」

「……」

 このとき、僕はそのとおりだ、と思ってしまった。腑に落ちた。梅崎さんのことを人殺しと思うよりも強く。

「暴言を吐いてすいませんでした」そう言って梅崎さんは深く深く頭を下げた。「小僧くんにも同行をお願いしましょう。あくまで小僧くんの意志次第ですが。彼にかかる費用はおれが出します」

「……いや、俺ひとりで行きます。話、聞くだけなんですよね」
「師匠にはタローズの店長をお願いしたいんです」
「は?」

つづく

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