世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら歩め。


フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 永井均訳

「パチ屋のなくなった世界で」 

第四章

消えゆく僕の世界で僕は The world will be lost for change the world.
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本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。


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第十五回


  最近、自意識のでしゃばり具合が尋常ではない。今僕は、その理由をつらつら考えている。多くのスロッターがそうであるように、僕も何事によらず分析が好きなのだ。


 小学生の頃、びっくりするくらい変わったやつがいた。友達の誕生日会に手ぶらでやってきて、好き放題に飯を食べて、友人の持つファミコンソフトコレクションから勝手に選んでコントローラーを独占し、そして飽きたとたんに「おれ帰るわ」と言って帰っていくようなやつが。

 が、そういう人間は、この社会の掟によってどこかの地点で抹殺される。ハブられたり、イジめられたり、あるいは自分で気づいたり。これを「出る杭は打たれる」システムと言う。

 スラムダンクというマンガに触発され、中学に入ってバスケ部に入部した。運動神経が抜群というわけではなかったが、バスケというスポーツは僕に合っていたようだった。ボールの重さ、弾む音、スウィッシュの気持ちよさ、汗、汗、汗、バッシュがこすれる音、ノドの乾き、湿るというよりも濡れたユニフォーム。僕が得意だったのは、アウトサイドからのシュートだった(今思うと、ビタ押しに通底するものがあるような気がする)。というわけで、僕はシューティングガードというポジションを与えられ、レギュラーゼッケンを渡されたのは同級生の中で一番早い中二の夏だった。

 ある日の練習終わり、僕がいつものように「今日スミ屋寄ってく?」と聞くと、返ってきたのは無言だった。

「なあ、今日スミ屋寄ってく?」僕はもう一度同じ言葉をくりかえした。

 スミ屋というのは駄菓子屋風の雑貨店の通称で、3台限りのゲームコーナー、道の角にあるからスミ屋と呼ばれる、多くの小中学生いきつけの買い食いスポットだった。

「なあ、今日スミ屋寄ってく?」三度同じことを言った。このときの僕の顔は、真っ赤だったと思う。自分の言った台詞を分析して、恥ずかしくなってしまったのだ。

 なあ→問いかけ

 今日→この日、というよりも今から

 スミ屋→仲間のみに通じる暗号

 寄ってく? みんなが行くならおれも行こうかな、という言外の希望の提示。

「行こうぜ」当時僕が一番仲が良いと思っていた男が言った。僕を残して2年生の部室の扉が閉じた。気づくと僕は、天井に向かって手を伸ばしていた。僕の目に映るこの五本の指が、彼らには見えないのだろうか? 広げた五本の指を思いきり握ってみた。痛かった。

 ……まさかね。罰ゲームか何かだろうと思って家に帰った。そして翌日は普通に登校し、いつも通りバスケ部の練習に参加した。僕の目に違いはわからなかった。顧問の先生も、先輩も、後輩も変わらなかった。いや、同級生たちも、練習中は普通なのだ。が、部室に戻った瞬間に、バスケ部2年の認識の中で、僕は壁か何かに変身するらしかった。いや、壁ではない。壁なら誰かが腹いせにボールを投げることもあるだろう。台パンならぬ壁パンをするやつもいるだろう(実際それは一部の男子の間で流行っていた。「誰が一番拳が硬いか選手権」みたいな感じで)。が、彼らの中で僕は存在を抹消されたのだった。意図的に。

 僕にはその意図がわからなかった。僕が何か悪いことをしたのだろうか? 思い当たる節はいくつかあった。軽口を叩くことや、人の欠点を指摘してからかったこともあった。しかしそのせいで、何の前触れもなく、僕は無視という全人格否定をされたのだろうか? わからなかった。自分の正当性を主張しようとも思えなかった。僕は握りしめていた拳を緩めた。あきらめよう。スラムダンクの夢も、仲間との時間も。


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 簡単に言うと、それはひとつの魂の死だった。以来、僕の自意識は、外には向かわず、内に内に根を張るようになった。

 バスケ部をやめないという選択肢はありえなかった。そんな僕にできることはひとつしかなかった。ひとりぼっちの中学生が中学校でできる唯一のこと。そう、勉強である。僕は眠っている以外のすべての時間を勉強に捧げた。思考は僕にとって最大の敵だった。考えてもわからないことは考えない。思考せずに済むには何かに集中するしかないのだった。結果、都立でも指折りの進学校に入学することができた。が、新たな魂は、かつての魂が望むような生活を許さなかった。僕は誰か別の人間と合わせる必要のないことだけをするようになった。その一番がギャンブルだった。同級生同士の麻雀も平気で勝った。勝ち続けた。誰に気兼ねする必要もない。ひとりが一番強いじゃないか、そう思ったのだった。


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 どこかに捨ててきたはずの自意識の主張が目立つのは、間違いなく小僧のせいだ、と思う。そして太郎のせいだ。あるいは梅崎さんのせいだった。この誰かのせいにしてしまうという心象そのものが、かつての僕のメンタリティだった。僕はこの気持ちを、感情を、感覚を、精神を、心象を、心から憎み、軽蔑し、捨て去ったはずだった。

 が、なぜか今、そいつを近くに感じる。そいつ? 山村崇。僕の名前。切っても切り離せない、父がつけた僕の名前。



つづく

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