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本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。

「パチ屋のなくなった世界で」第三章

小僧、スロッターの集団と出会うこと

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訂正

湾岸スロッターズ吉村が登場した際、スロ歴12年と語っておりましたが、正確には10年でした。申し訳ない。謹んで訂正させていただきます。メンバーの年齢は以下のとおりです。

湾岸スロッターズ
ハイエナクイーン 山口有希子 23歳
元カレ 吉村 28歳
期待値に期待しない 田代 29歳
ユウのスロラボ 御手洗優 まもなく30歳

愛媛組

帽子プロ園田 26歳
小僧 まもなく19歳

第十三回


牙リバコンビの登場人物紹介1
牙リバコンビの登場人物紹介2



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「この中だと誰が一番稼いでるんだろうね」ハイエナクイーンがそんなことを言った。

「お金の話はやめようぜ」とアネゴが言った。

 が、野次馬心をかきたてられる話題の流れはせき止められなかった。

「だいたいの稼働時間でわかるんじゃない?」期待値に期待しない田代が提案する。「今の機種だと時給はそんなに変わらないはずだし」

「私たちってどれくらいなの?」とハイエナクイーン山口が元カレ吉村に聞いた。

「今年だと、多いときで200時間、少ないと120時間くらいかな。移動時間を抜くと」と吉村は答えた。

「3~4000円でしょ」と田代が言う。「時給」 

「ばらつきはあるけど、年でトータルするとそんなもんかなあ」

「ミタライ姉はどれくらい?」とハイエナクイーンが聞いた。

「んーとノリ打ちするイベ日とピンのエナ日で差はあるけど、平均すると1日6時間くらいかなあ。移動で2~3時間。ブログに2時間って感じ。休みは週1。そう考えるとけっこう働いてるな。田代くんは?」

「おれ先月300時間達成した(笑)。エナ専史上最高記録」

「みなさんはそれハイエナメインでの稼働時間ってことですよね」帽子プロ園田は驚いたように言った。「うちらの周りでエナだけでそんなに打ってる人っていないよね」

「そうですね」と小僧は答えた。「基本的には設定狙うんで稼働時間はかさみますけど、休むときは休みますし、師匠がマックスの8割にしろって言うんで」

「どゆこと?」アネゴが首をひねる。

「今の機種のポテンシャルとおれらの活動内容を考えると稼げても50万円が限界だから、月の目標は40万円にしようって。それ以上稼ぐのは誰のためにもならないし、持続可能性が損なわれるからやめようって」

「きっちりしてるねえ」

「山さんは変わってるっていうか、特別ですよね。最初この地域に来たときやべえ人来た。食い扶持が減るってあせりました。でもそういう考えの人なんで、共存できてますけど」そう言った後で、園田は笑いながらこう付け加えた。「というわけで、お願いなんで、田代さん吉村さん山口さんみたいにストイックな人は、この地域にもう来ないでくださいね」

「私だけセーフだ」と言ってアネゴは笑った。「つうか田代っち300って嘘だろ。ハイエナだけじゃ無理だよ」
「ほら、営業時間うちんとこ長いし、開店と同時に宵越し店、昼にリセ店に移動して、後は流れに乗って閉店近くまで打ってるもん。奇跡的に万年据え置き店と全リセ店が隣り合わせにあってさあ。プチバブル。来月はがっつり休もうと思ってるけどね」
「休みはとらなかったんすか?」と吉村が聞いた。
「ゼロ。平均睡眠時間5時間。だから最近はブログ更新するヒマがない。うけるっしょ」
「そんな生活したくなーい」ハイエナクイーンは苦い顔をして柚子チューハイをぐびぐび飲んだ。「それじゃブラック企業じゃん」
「でも、全部自分で決めてるんですもんね」と小僧は言った。「誰かにやらされてるわけじゃない」
「だね」期待値に期待しない人、田代がうなずいた。「二十代のうちに無茶しときたかったんだよね」
 

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「……スロットをいつまで打つとか決めてますか?」園田はグラスに入っていた梅干ハイを飲み干した後で聞いた。

「決めてないなあ」と吉村が言った。

「ある程度まとまったお金が貯まったらやめるかも」とハイエナクイーンは言った。

「おれらの意志よりも、お上とかメーカーの意志がすべてだと思うんだ」期待値に期待しない田代が言った。「おれらはそれに合わすだけ。勝てなくなれば廃業。それだけ」

「何が起きてもさ、後悔さえしなければいいと私は思うけどね」氷水をたて続けに何杯か飲んで幾分冷静さを取り戻した御手洗優は言った。「小僧くんは何かビジョンとかあるの?」

「……」小僧にとって、スロットは師匠とのつながりであり、絆そのものだった。スロットのない世界。暗黒に呑み込まれてしまうような気がした。「今は目の前のスロットを打つこと以外考えられないです」

「そっか。園田くんは?」

「おれ、年内にはやめると思うんです」帽子プロこと園田は真剣な表情でそう答えた。「お金が欲しいっていうか、必要なんすよね。だからその前にスロット生活者のみなさんに会えてよかったです」

「何かおいしい話あるの?」田代が身を乗り出して言った。

「おいしいっていうか、マジメに投資家を目指してみようと思ってます」

「ギャンブラーだねえ」と非ブロガー吉村は言った。

「投資家になるのにスロットやめる必要あるの?」ハイエナクイーンが首をひねった。

「おれ頭硬い人間なんで、ひとつのことしかできないんすよねえ。閉店チェックして朝並んでっていう生活をしながら他のことを考えるのは無理だし、逆にそれらをしないで当日狙いだけするのも効率悪い気がしちゃうんで。慣れてきたらまた考えますけど」

「スロットより簡単なギャンブルなんて存在しないから、スロットで勝てるからって他のギャンブルに行くのはやめといたほうがいいと思うけどね」田代は諭すようにそう言った。「ま、リスクのないとこにリターンはないし、人生は一度しかないから好きにすりゃいいけど」

「ねえ、この中で誰かお金持ちになったら世界パチスロ選手権のスポンサーになってね」御手洗優がそう言うと、みんなが笑った。


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「園田くん、小僧くん、今日は私たちのためにこのような場を設けていただき、本当にありがとうございました。小僧くんのお父上にもお礼を言っておいてください。明日はおふたりのマイホで朝から勝負しようと思うので、もしよかったらおつきあください。以上」アネゴこと御手洗優が言って、散会した。


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 鼻歌まじりに帰り道を歩いた。冷気を含んだ五月の夜の風が吹き過ぎていく。中空には下弦の月がおぼろげに浮かんでいた。飲みすぎか、バジリスクの打ちすぎだ、と小僧は思った。未来はどこにあるんだろう? この目ではちょっと見えないかな。豹馬のように夜になると開けばいいのだけど。


 ひそひそ声でただいまと言って家に入る。いつも通り、鍵はかかっていない。たけさんのイビキが聞こえていた。よかった、と思う。今日のたけさんは少し元気がないようだったから。小僧は水を一杯飲んだ後で顔を洗い、歯を磨き、そして小水を済ませた後、布団の中に入った。


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 翌朝、ドサっという大きな音がして小僧は目が覚めた。何だろう? 音の方に向かってみると、たけさんが大の字になって倒れていた。

「たけさん」と言って近寄った。
 ううううう、と呻くたけさんの体をさすりながら黒電話で119番に電話して、駆けつけた救急車に小僧は一緒に乗り込むことにした。


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 起こしにきたのは師匠だった。

「もうそんな時間か?」と竹田新三郎は言った。

「そうっすよ。今日はたけさんの待ちに待ったイベントですよ」

「そうか」

「たけさん、飯、できましたー」と小僧は言う。

「そうか。ありがとう」

 食事の後で、外に出た。風が新緑の香りを運んでくる。真新しい光が田園に、山々に、そして三人に降り注いでいた。

「ええ天気やなあ」とたけさんは言う。

「いいですねえ」と小僧はうなずく。
「わしは五月の陽気が一年で一番好きや」
「ほんと、良い天気」小僧がしみじみと言った。

「たけさん今日何打つんですか」こんな陽気にも関わらず、実務的なことを言い出した師匠を見て、たけさんは愉快な気分になった。

「ジャグラー。わしゃ設定を狙いに行くで」
 目を細めてそう言い切ったたけさんを見て、師匠と小僧も満面の笑みを浮かべた。
 

 いつものパチ屋は100人を超える人だかりだった。抽選がはじまり、小僧は99番を引いてフリーズした。師匠は77番を引いてしょうがないな、と言った。しかしてたけさんが引いた番号は1番だった。

「やりましたね」小僧が我がことのように喜んでいる。

「これで選びたい放題ですね」と師匠が言った。
「なあ、このチケットをふたりのどっちかがつこうてくれや。わしビリっけでもええけ。ジャグラーやったら打てるやろ。な。わしな、師匠と小僧と一緒にこうやってパチ屋に向かって、並んで、パチンコ打って、時々ジャグラー打って、三人並びで打ったこともあったのお。夜にはりんぼん呼んで風で酒飲んで。わしの人生で今が一番幸せじゃ。ほんまにありがとう。ほんまに、ありがとう」


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 起きると知らないベッドの上だった。

「夢か」とたけさんはつぶやいた。

「たけさん」と男は言った。「たけさんはまだ死んじゃダメだよ」

「何じゃ。おまえが来んようになって、わしゃめっきり老けたわいや。なあ、りんぼん」 


つづく

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