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本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。

「パチ屋のなくなった世界で」第二章

梅松ブラザーズ

 
 

第五回

牙リバコンビの登場人物紹介1
牙リバコンビの登場人物紹介2

 


 2007年、山梨県の森の中


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 しんど、と太郎は思う。

 スロットを打って生活していた頃、しんどい状況に追い込まれることは多々あった。悪い台は打ってない。が、結果が伴わない。苦痛な時間。待つことも嫌いだったが、負けることが何よりも嫌だった。けれど太郎の隣には相棒がいた。サダオは待つことも、噴かない高設定台を打つことも、結果がついてこない時間も苦にしなかった。少なくとも太郎の目にはそう映った。太郎は相棒のことを、口には出さないが尊敬していた。自分より年下の人間にそのような感情を持つのははじめてのことだった。が、太郎はそんな相棒に甘えていた。それに気づいたとき、太郎は自分のことを許せなくなった。相棒とともに得た金を、憎むように夜のギャンブルで消費した。いつしか消費は借金に変わった。その頃、山村崇には彼女ができた。迷惑をかけるわけにはいかない。太郎はサダオのそばから離れる決断をした。今でもその決断を後悔することがある。たとえば今。何でおれ、こんなとこおんねやろ。
 

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 おれには何かがある! 太郎は今でもそう思っている。おれには何かがあるのだ。他のやつらとは違う特別な何かが。

「おまえには何がある?」桜井時生に初めて対面したとき、そう言われた。

 太郎は少し考えた後、「スロットで5万枚出したことがあります」と答えた。「営業時間13時間のパチンコ屋で5万枚出したことがある人間がこの日本に何人いますか? おれは選ばれし人間です」と言い切ったのだった。

「5万枚? 等価か?」と桜井時生は言った。

「等価っす」

「すげえな」と言って桜井時生は笑った。「100万かよ」

「しかも、ノリ打ちで、です」太郎は胸を張った。

「はは。ポンと半額渡したのか?」

「約束ですから」苦しそうに顔を歪めて太郎は言った。

「おまえ、面白いな。名前は?」

「太郎です」

「苗字は?」

「……マツダっていいます」

「松太郎、おまえ、うちの班に来いよ」

 これが桜井班に入ったきっかけである。が、態度以外で太郎の言う"何か"を発揮したことはなかった。今のところ。


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 梅崎は何も喋らず、ただ標的を見つめていた。肉体を痛めつけることはたやすい。夜の街でいきがるのはやめろ、というメッセージを暗に示すことも可能だろう。しかし今回はサカキバラリクにお灸を据える、という依頼とともに、松田遼太郎を取り込んでおくという目的もあった。が、梅崎はその点では悩んでいた。この男とかかわるのは梅崎の本当の所属である竹田班のためにもならないのではないか? と。


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 梅崎の最優先事項は内偵である。よくあるタイプの権力をめぐっての組織内の内輪もめだった。が、桜井時生はそのことに気づいている、と梅崎は確信していた。気づいていながらおれに仕事を与えた。梅崎は判断しない。ただ、くだされた命令に従うだけだ。しかしこの男、松田遼太郎はあまりに目に余る。組織にとって益をもたらすという予感が1ミリもしないのである。のみならず、組織にとって必ず不利益をもたらす。不能でも無能でも有能でもなく、負の才能。あるいは松田遼太郎は何かを隠しているのかもしれない。そんな気もする。ただの馬鹿を自分の配下に置くような人間には桜井時生は見えなかったからだ。過大評価は仕事の質を下げる。梅崎にしては珍しいミスだった。
 

 桜井時生が松田遼太郎を重用する理由は「面白いから」という一点だった。「二八の法則」が正しいかどうかはともかく、頑張り屋だけを集めても、腐る人間は出てくる。組織とはそういうものだ。ならば最初からダラける人間がいても、締めるところさえ締めていれば、風当たりのいい空間ができる。何よりオレの班にはオレがいる。桜井時生にはそんな自信があった。桜井時生は自信家であり、刹那主義者であり、エゴイストだった。


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 梅崎は待っていた。サカキバラリクが音を上げるのを。あるいは太郎が本性を表すのを。しかしサカキバラリクはジリジリと匍匐前進をくりかえし、太郎は眠そうな顔であくびをくりかえすだけだった。さて、どうするか。

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 そのときだった。

 ……閃光弾だ、と思ったときには遅かった。轟音とともに強烈な光が暗い森の内部で炸裂した。眠りや深夜の生命活動を妨げれた森の生物たちがいっせいに行動を開始した。かろうじて梅崎は目を伏せることができたが、太郎はその光を直視してしまった。ただの閃光弾ではなかった。音響閃光弾。軍がテロリストを鎮圧するときに使うような兵器だった。梅崎と太郎の体は数秒間、完全に麻痺していた。感覚が戻ったときには地を這っていたサカキバラリクの姿は見当たらなかった。やられた、と梅崎は思った。


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「おい、何やねんこれ。耳聞こえんし、目見えん」

 太郎が何かを言っているが、梅崎の耳には届かなかった。皮肉なものだな、と梅崎は思う。サカキバラの目と耳と口をふさいだおれが、同じことを違った形でされるとは。

 梅崎の前に誰かがいた。闇に溶け込む黒い服を着て、スターライトスコープのようなものを装着して。勝ち目は少ない、と梅崎は思う。が、ただでくれてやる命はない。こうなってしまっては太郎をかばう余裕はない。おれがすべきは目の前のこいつの体を掴むことだ、と梅崎は覚悟を決めた。


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 太郎はパニックと戦っていた。いったい何が起きている? おれは今何をしていた? サカキバラリク、有名人や、そうやろ、有名人やわ、その有名人の家を張って、部屋に侵入して、ラチって、森ん中までやってきて、ただ待って、ほんで何かが爆発した、何なんこれ、どんな状態やねん、はめられたんか? 梅崎に? でも何のために? それともおれたちは攻撃されたのか? 誰に? というか何のために? サカキバラには強力な援軍がいるのか?
 

「おまえは何かと言えばすぐヒキとか言うけどさ、その力を自由自在に使えるわけじゃないだろ? 自由自在に使えない力のことを考えてもどうにもならない。それはただの甘えだ。そんなことをしてる時間があるくらいだったらおまえが自由自在に使える力のことを考えるべきだ」
 

 ふと、かつての相棒の言葉が頭をよぎった。おれが自由自在に使える力……。そして太郎は考えるのをやめた。

つづく 

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