骨でも、肉でもない、心を折ることを考えてた。 神取忍

IMG_8314

本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。

「パチ屋のなくなった世界で」第二章

梅松ブラザーズ

 

第三回

牙リバコンビの登場人物紹介1
牙リバコンビの登場人物紹介2



       777

 梅崎は肉を食べることができない。だから吉野家にも関わらず、お新香、味噌汁と卵でご飯を食べている。そんな梅崎の横では、2杯目の牛丼をかきこむ太郎の姿があった。……梅崎の心に浮かんだのはこんな疑問である。

 こいつはマジでいったい何なんだ?

 一言で言えば不可解だった。まだ組織に属して数ヶ月しか経っていないというが、桜井班長の温情なのだろうか? 竹田班だったら三日と持たずにクビである。……が、どんな理由があるにせよ、結局は自分にはあずかり知らないこと。わからないことを考えている時間なんてない。梅崎は太郎を残して会計を済まし、外に出た。昨夜借りた黒いデミオに戻り、太郎の到着を待って文京区春日にある組織の別の事務所に向かった。
 

「おう。松太郎」事務所で待っていた高崎が言った。

「ういっす。高崎さん。ご無沙汰してますう」

「こんにちは」太郎とは対照的な表情で梅崎は言った。

「お、梅崎くん。久しぶりだね」高崎は言った。「ええと、道具はそこに出してあるから持っていってくれ」

「あざますう」と太郎が言い、梅崎は「どうも」と言って頭を下げた。

「ふたりは飯は?」と高崎が言う。

「もう食いましたけど、食えるっちゃあ食えますねえ」と太郎が言い、梅崎は軽い殺意を覚えたが、黙っていた。

「おれまだなんだ。つきあってくれるか?」

「いっすよ」と太郎は言った。

 三人は近くにあるファミリーレストランに入ることにした。


       777


「何食う?」と高崎が言い、太郎はトマトソースのスパゲティを頼んだ。阿呆かこいつは、と思いながら、梅崎はドリンクバーからカフェラテを持ってきてゆっくりと飲んだ。

「松太郎は東京久々なんじゃない?」と高崎は言った。

「そっすねえ。でもおれ東京嫌いなんで、もう来なくてもいいくらいっすけど」

 何という失礼なものの言い方だ、と梅崎は思う。

「梅崎くんの出身はどこ?」と高崎は言う。

「長崎です」

「へえ。僕は栃木なんだけどね」そう言いながら高崎はハンバーグステーキを口に運んだ。「知らないかもしれないけど、栃木と群馬ってライバル関係にあるからね。僕の苗字高崎じゃない? 高崎って群馬の玄関口みたいな市だからさ、裏切り者とか言われちゃうんだよね。面白いよね」

 何が面白いのかさっぱりわからなかったが、梅崎は「そうですか」と言った。

「高崎さん、それ、何がおもろいんすか」と言って太郎は笑った。

「え、ライバルの県があるって、地方あるあるじゃない? 長崎はどこかに、たとえば熊本とか佐賀とかに敵対心みたいなのないの?」

「ないです」と梅崎は言った。そんなことは考えたこともなかった。

「おれ昔サーフィンしとってんけど、湘南より九十九里のほうが好きやったなあ。そんな感じすか?」太郎はフォークでスパゲティをクルクルと巻きつけながら言った。

「いや、東京23区は特例。チョイスできる時点で違う」

「わけわからん」と太郎は言った。「東京嫌いや言うてるのに」

「東京23区内に育って東京のことが嫌いな人間と、地方に住んで東京のことが苦手なのは本質的に違うってことだ」

「ああ、それは理解できます」と梅崎はうなずいた。「持つ者と持たざる者ってことですよね」

「そうそう」

「わけわからん」と太郎は言った。


       777


 栃木生まれの高崎さんと別れた後、ふたりは首都高速湾岸線に乗って船橋のイケアでちょっとした家具と布団を買い、新宿の事務所に戻ることにした。そして夜に備えて仮眠を取った。

「なあ、やっぱおれひとりでやるからおまえはここで寝てろよ」起き抜けの梅崎はそう言った。

「嫌や」と言って太郎は首を振る。

「じゃあ頼むから、邪魔だけはしないでくれ」

「邪魔なんてせえへんって」

「……服を着たら行くぞ」

「ちょ待って、風呂入らせて」

「……」


       777


 昨日見た限りでは、サカキバラのアパートに監視カメラはなかった。オートロックはあるが、裏口を乗り越えれば簡単に侵入できそうだった。奥まった場所なので人通りも少ない。強行突破というのが梅崎の作戦だった。

「おい」という太郎の声を無視し、梅崎は裏口を乗り越え、そのまま階段を駆け上がった。高崎に用意してもらったピッキングのための道具を使い、瞬く間にドアを開けた。用意していた金属用のカッターは必要なかった。そのままドアは開き、梅崎は目的地まで最短距離を進んだ。

 サカキバラは素っ裸で座禅を組んでいるところだった。こんな時間になぜ? という疑問を感じることもなく、梅崎は高崎が用意してくれたスタンガンをサカキバラの腹部に押し当てた。スタンガンごときでは人間は失神しない。が、失神はせずとも体の自由はしばらく効かなくなる。数十秒あれば、梅崎には充分だった。両手両足の自由を奪われた虜囚のできあがりだった。


       777


「『君達は誰だ。そしてどんな目的でこんなことをしている』という質問をしたいのだが、よろしいかな」芋虫かアザラシのような姿のサカキバラはそう言った。

 絶対に口を利くな、と釘を刺されていた太郎は、喋りたくてうずうずしていたが、黙っていた。

 突如、サカキバラは発狂した人のように声にならない呻き声を漏らし始めた。その電子音のような呻き声は徐々に声に変化していった。「そんなのかんけいねえそんなのかんけいねえそんなのかんけいねえそんなのかんけいねえそんなのかんけいねえ」

「何で小島よしおやねん」思わず太郎は声を出してしまう。

「君のアクセントは微妙に変だな」サカキバラは冷静さを取り戻したような口調で言った。「おおかた、地方出身者の大阪憧憬だろう。正しい発音は、『何で小島よしおやねん』だ」

「おまえ、しばくぞ」内心傷ついた太郎はそう強がった。

「黙ってろって言ったろ」梅崎はそう言って、太郎のみぞおちに拳をめりこませた。う、と言って太郎はうずくまる。

「ふぉー」とサカキバラは吼えた。「仲間割れやね。仲間割れやんね。きゃっきゃっきゃっきゃ」

 梅崎は動じず、身動きの取れないサカキバラの左足の小指の爪を、ペンチで一枚ペリっと剥いだ。

「ん」という短い呻き声をサカキバラは発した。しかしその後で、プロレスラーが効いてないことをアピールするみたいに首を振った。「ふむ。爪を剥がされるとはこういう感覚なのだな」とサカキバラは言った。「小指でこれなのだから、親指になると思うと身震いする。ふふふふふ。私はね、私に存在する感情のすべてに興味がある。死すら興味がある。でも、帰ってこれなくなるのはごめんだ。それだけは気をつけたまえ。さあ、君がどう私を攻めるのか。魅せてもらおうか。君は主導する。私は受動する。セックスだ。しかしこの場における主体は私だ。さあ、私を満足させたまえ。さ、さあ、さあ、来たまえ」

「なあ、おれこいつ嫌やねんけど」ようやく殴られた痛みから開放された太郎はそう言った。「嫌悪感しかないねんけど」

「黙れ」と言い、梅崎は冷静な表情で、サカキバラの口に何かの錠剤を放り込み、ガムテープでふさいだ。「おまえの口にも貼ってやろうか」

「嫌やわ」

「んがんがんがんがんがんがんが」

 何かを言っているのだが、梅崎にも太郎にもサカキバラの訴えは届かなくなった。次に梅崎はサカキバラの目をふさいだ。次いでサカキバラの耳に耳栓を深く挿入した。

 自由が奪われていく……とサカキバラは思った。思った後で、いや、逆だな、と思い直した。感覚が研ぎ澄まされていく。海の底にいるようにサカキバラは孤独だった。しかしそれが存外心地良くもあった。ふむ。興味深い。人間の感情とは不思議なものだ、とサカキバラは思った。


つづく


ブログランキング・にほんブログ村へ 


人気ブログランキングへ 


第四回へ