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「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 俵万智


本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。







ぼくの名前は寿、スロ小説家である。前作を読んでくれてありがとう。

スロット長篇小説「トン、トン、トン」

桜井時生、クリスマスにショウタという少年に出会うこと(あるいは今井翔太、クリスマスにサンタに出会うこと)

すろっと純文学小説

さて、今回ぼくはこの一連の物語を、

「パチ屋のなくなった世界で」

というタイトルでくくることにした。前作「トン、トン、トン」は、「パチ屋のなくなった世界で」という物語の序章ということになる。

……どこから語ればいいのだろう? 頭の中で登場人物たちが自己主張を繰り広げている。が、ぼくは決めた。彼らからこの物語を語り直そう、と。

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参考写真「牙大王」

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参考写真「デビルリバース(後ろ)」

第Ⅱ章「梅松ブラザーズ」

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連載第一回「太郎記念日」



 デビルリバースと牙大王は事務所のソファに座ってテレビを見るでもなく眺めていた。

「こんな生活ばっかやとたまるけ、ちょ、風俗でも行かん?」デビルは真剣な顔で牙に向かって提案した。

「やめちょけや」と牙が言う。「おま、ウメさんにしばかれるぞ」

「あ、梅崎さん」と言ってデビルは立ち上がった。「お休みですか」

「ああ。明日も早い。おまえらも早く寝ろ」

「はい。おやすみなさい」と牙が言い、内心の不満を隠し、デビルも「おやすみなさい」と言った。


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 事務所と呼ばれているが、住宅街にある2LDKのマンションだった。一部屋を梅崎が使い、もう一部屋は倉庫、デビルと牙はリビングのソファで寝泊りしていた。

「じゃあま、寝ますか」と牙が言う。

「そやな」とデビルがうなずいて、テレビの電源を切った。


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 デビルと牙がイビキを立てはじめた頃、ドア一枚隔てたベッドの上で、梅崎は苦痛に顔を歪めていた。ペインキラーを飲んでもその頭痛は収まらなかった。原因は自分でもわかっている。梅崎は頭を抱えた。あいつがおれの世界に入ってきてからだ。そしてあいつが、おれのことを最後に「あんた」と呼んだからだ……


 二〇〇七年、大阪


 当時梅崎は、ある指令を受けて桜井時生率いる桜井班に移動したところだった。新人のくせに、大所帯の桜井班の中で最も目立つ男、それが松田遼太郎だった。

「おまえが噂のキリングマシーンやな」と太郎は言った。「おれのことは太郎って呼んでくれや」

「……」

 梅崎は不平や不満を外に出さずに消化することができた。が、そんな梅崎でも、太郎の態度には苛立ちを隠すことができなかった。何でコイツは東京出身のくせに得意げに大阪弁を話しているのだ? そもそも梅崎は都会の空気が好きではなかった。東京にしろ、大阪にしろ、出身の長崎から最も近い大都会である博多にしろ。たまたまそこに住んでいるだけで、世界の中心はここだ、という人間の態度が好きになれなかった。太郎はそのなじめない世界の象徴のように思えた。

「おっす」桜井時生は梅崎に対してそう言った。

「おはようございます」梅崎は頭を下げる。

「これはオフレコで頼みたいんだけど」梅崎の耳元で桜井時生は言う。「君、たけさんのアレだろ。お手柔らかに頼むよ」

「……班長」と梅崎は言った。「自分は竹田班からの出向ですが、今は桜井班長の手駒です。どんな命令も必ず遂行します。よろしくお願いします」

「顔硬いよ、梅ちゃん。ってかさ、おれは人間を駒みたいには考えられないなあ。うーん。ちょうどいいや、おい松太郎、おまえ、梅ちゃんとふたりで出張してこいや」

「出張ですか」と太郎は驚いたように言った。「どこへ?」

「シンジュクー」

「新幹線ですか?」

「イエス。のぞみで行ってこいや」

「よっしゃ」と太郎は言った。「よろしく頼むわ」

「……」梅崎は太郎の問いかけに何も答えなかった。


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「なっつかしいのお」太郎は大げさな口調で言いながら、品川から山手線に乗り換え、新宿で下車し、南口を出てルミネ前のエスカレーターを下り、喧騒の只中を進んでいった。

「……」梅崎は太郎の言葉に耳を貸すことなく、太郎の後ろを歩いていく。

「おまえさあ、横歩かへん? 何か寂しいやん」

「おれらは友だちじゃない。左右で進むより、前後のほうがリスクが少ない」

「マジで。そんな意図があったん? すげえな」

「……」

「ちょ、悪い」何かを思い出したように太郎は言った。「おれパチ屋でトイレ借りてくるわ」

「……」


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「むっちゃ悲しいわ」戻ってきた太郎はそう言った。

「……何が?」しょうがないので梅崎はそう聞いた。

「スロットの台の代わりに板が置かれとる……」

「意味がわからない」と梅崎は言った。

 そう、この時代、小規模のパチンコ店は苦肉の策として、かつて4号機のあったスペースを板で埋めていた。5号機を導入するくらいならベニヤ板でも置いておけ。5号機はそれくらい嫌悪されていた。客にも、そして店にも。

「おまえ、パチ屋って行ったことある?」と太郎は聞いた。

「ない」

「おれの人生はパチ屋からはじまってん」

「……意味がわからない」と梅崎は言った。「そんなことよりも、早く仕事を済ますぞ」

「何かおまえ、あいつに似とるな」

「は?」

「……まあええわ」


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 ふたりにくだった指令は、事務所設営である。事務所といっても、マンションの一室を借り、生活環境を整えるだけの、成人なら誰でもできる簡単な仕事だった。ふたりは桜井の指示にあった不動産屋に入っていく。

「いらっしゃいませ」髪の長いホスト風の男が言った。

「あのお」と太郎は言う。「部屋をね、探してるんですわ」

「どのようなお部屋でしょうか」

 太郎にまかせてはおけないという風に、梅崎が口を出す。「なるべく新築か、あるいはそれに近い2LDくらいの部屋を」

「エリアとしては、どのあたりでお探しですかね」

「新宿二丁目。徒歩圏内で」

       

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「疲れたな」

 家具のない一室で、太郎はそう呟いた。

「マツダ、おまえはまだ何もしていない」

「太郎って呼べ言うてるやろ」

「おれたちは友だちじゃない。それにおまえはおれの上役でもない」

「じゃあこれは同期のお願いってことやな。頼むわ」

「意味がわからない」うんざりしたように梅崎は言った。「名前なんてなんでもいいだろ」

「こだわりや」

「……意味がわからない」

「おまえさ、今日一日で何回それ言った? ……意味わからんって口癖か」

「……一応、聞いておくが、何で太郎なんだ?」心に浮かんだ疑問を口にしていた。梅崎にしては珍しいことだった。

「あいつに太郎と言ったから、おれの名前は太郎。太郎記念日ですわ」

「……意味がわからない」

「また出た」と言って太郎は笑った。

 ポケットの中で折りたたみ式の携帯が振動していた。

「もしもしー」と言って太郎は電話に出た。相手は桜井時生だった。

「部屋は借りたか?」

「はい。ばっちりですわ」

「そうか、じゃあ、今からオレが言うところにふたりで向かってくれ」

 太郎が返事を返す前に電話が切れていた。桜井時生はせっかちな男だった。


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 桜井の言った住所にあったのはBARだった。入ってすぐにカウンターがあり、中には7人の男性従業員が立っている。

「いらっしゃいませ」と言われ、とまどうふたりに、艶やかな着物を着た男性がとことこと近づいてきて言った。

「どうも、はじめましてえ。この店のママですう」

「……」

「松田さんに梅崎さん、ね」

 ふたりはうなずいた。

「こっちへどうぞ」


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 カラオケボックスのような個室だった。頭上にはミラーボールが回り、巨大なテレビモニターがあり、マイクスタンドがあった。ただ、実際のカラオケよりはソファとテーブルの質が良かった。麝香(じゃこう)のような複雑な香りが漂っていた。

「今日は松梅ブラザーズにお願いがあるのよ」

「あんね、展開が速すぎて目シパシパすんねんけど、ショウバイブラザーズって何?」

「やめてー」ママは恥ずかしそうに言った。「思いつきの言葉を説明してって言われてもできない。だっふんだって何? って言われても説明できないでしょう」

「だっふんだ?」

「おまえは黙ってろ」と梅崎は言った。「それで、ご依頼はどういったものでしょうか」

「対照的なふたりねえ」感心したようにママは言った。「松梅じゃなくて、ウメマツブラザーズのほうがいいかしらね」

「……」

「タバコ吸ってもいい?」太郎がそう言ってタバコをくわえると、ママは帯揚げに挟んでいたデュポンのライターを取り出して、甲斐甲斐しく火をつけた。梅崎は内心、不快に思う。タバコの香りが苦手なのだ。酒の香りも苦手だった。そしてこの麝香のような香りも。が、それはおくびにも出さなかった。

「でね、おふたりにお願いしたいのは、この人にお灸を吸えてほしいってことなのよ」ママはそう言って、写真を取り出した。

「これ、サカキバラリクやん」太郎はすっとんきょうな声をあげた。「お灸って、しばくってことやろ!?」

「いつまでに、という希望はありますか」
 梅崎のビジネスライクな質問に、ママはこう答えた。

「可及的速やかに」


つづく
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