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体調が悪い。体調が悪いがやることがない。喋る相手もいない。その前にノドが痛くて喋ることがままならない。てなわけで、ぼくは両手をパタパタ動かして、文章を書く。すなわち、これ、ぼくの声。ヨロシク。

稼働病という謎の病名がまことしやかに囁かれているけども、それ、そんなに悪いことじゃないよね、と思う。根つめてやってることは、自慢したいもんね。オレ、昨日も徹夜しちゃってさあ、みたいな。昨日18時間ゲームしちゃってさあ、とか、一晩で8回やったよ、とか、そんなのと相違ない。

が、稼働病といっても、2パターンある(と思う)。

1、自慢

2、依存

自慢したいってのは、承認欲求みたいなもので、その裏には不安があって、不安とは、誰もが抱える人間存在の初期設定の不具合なのでw、これは別にたいした問題じゃない。自慢の弊害としては、周りの人間にウザがられるくらい。しかしやっかいなことに、これを治そうとすると別の依存を引き起こす可能性がある(代表的なのは薬物依存である)。なので、不安や寂しさは、それを忘れるくらい没頭できることを探すが吉(そこに他者をからめると、また依存につながるので気をつけるべし)。

問題はやはり依存の方にあり、依存の問題を経済的側面から見ると、これまた2パターンに分かれる。

1、経済的余剰がゆえの依存

2、経済的逼迫を伴う依存

ただ、「稼働」とは、生産のための行為であるから、2は除外される。となると、経済的に余剰、または余裕はあるが、それを余裕と捉えることができず、不安に置換されてしまうがゆえに病的になる。それが「稼働病」ということなのだろう。ってことは、これはもうただのないものねだりであるw 

はい。ここでようやくぼくの問題にたどり着く。

「体調を崩したスロッターはどうすればいいのか?」

答えはひとつしかない。「治せ」

なのだけど、寝てるだけってしんどいですよね。今、稼働に行ったら美味しい台があるんじゃないだろうか、とか、強力なライバルが現れて、自分のシマを荒らしているんじゃなかろうかとかw、そんなこんなを考えて、居ても立っても居られなくなるわけで。

が、この考えは、期待値を理解できていないがゆえに生まれる誤解だ、とぼくは考える。期待値というのは「数字」である。その数字は誰もが目視可能であり、見る人間の立場やアビリティによって変わらない不動の存在だからこそ、「数字」なのだ。しかし、人間の行動は、「数字」だけで表現しきれるものではない。つまり、「期待値を追う」、とは、数字に自分を加算する(あるいは減算する)ということなのである。数字という「純粋なもの」に、自分という「不純物」を混ぜる。自分が人間であるがゆえに生まれる弊害。それを頭に入れなければいけない。つまり、病気を招く自分をも勘定しなければいけないのである。その意味で、ぼくはギャンブルに負けたのだ。まずは現状を把握しなければいけない。

ぼくは勝負に負けたのである。ゴト師(ウイルス)の侵入を許してしまったパチ屋のごとく。

というわけで、答えはひとつ。「寝てろ」である。あるいは「病院に行け」である。セキュリティ(免疫系)を強化しなければ、パチ屋は開店できない。健康もスロットと同じように、自己責任なのですね。……そんなこと、百も承知のはずだったのに、風邪をひいてしまった。そして、やることがないので、こんなどうでもいい文章を書いて溜飲を下げている。南無。

ないものねだりの処方箋はふたつある。ひとつは、上を目指す。もうひとつは、足るを知る、である。

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