DVC00171
あらすじ

山村という男はスロットで稼いで生きてきた。十数年、ひとり、自分だけの力で。
が、地元の掲示板で叩かれたショックで現実逃避の旅に出た。もう死んじゃおうかな、と思っているうちに四国にたどりつく。ひょんなことから出会った若者(山村は若者を小僧と呼び、若者は山村を師匠と呼ぶことになる)と行動を共にするようになり、なりゆきからコンビ打ちをすることになった。パチ屋で出会ったおじさんの家に寝泊りをさせてもらうようになり、山村は小僧と共に生きていくことを決意したのだった。
家主の依頼でやってきた大阪で、山村は以前コンビ打ちをしていた太郎に再会する。三人のスロット打ちは、何を語り、何を目撃するのだろうか。

第一話から読む

なお、当作品はフィクションであり、実際の人物、団体、事件などとは一切関係ありません。
 
 太郎が待ち合わせ時間に1時間ほど遅れてやってきたおかげで、ちょうど連チャンが終わったところだった。小僧は早々にドギージャムをやめ、BARカウンターでバニーガールのつくるカクテルを鼻の下を伸ばしながら飲んでいた。僕はスロットを切り上げ、コインをチップに変えてもらった。おそらくは、今日の勝ち分は義理みたいなものだろう。ルーレットのテーブルに行って、おまえの好きな番号何? と小僧に聞き、10番です、と言うので、10万のチップを10番に置いた。数分後、僕の賭けたチップは回収されてしまったけど、まあいい。これで一応、帰る口実になる。さきほど挨拶をしてくれた店長らしき人物を探したが、見当たらなかったので、黒服の人に帰ります、と言ってチップを清算してもらった。最後に10万を失ったとはいえ、チョビ髭のおっさんにもらった10万円が、僕の分だけで28万に増えていた。小僧に渡した2万円も、けっこうな額になっているはずだった。まとまった現金を持っているのは気分のいいものではないので、外に出ると、僕はすぐコンビニのATMに入金した。

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「何食いたい?」と太郎が言った。
「今大阪住んでんだろ?」と僕は言った。
「うん」
「じゃあおまえにまかすよ」
「小僧やったっけ、君は何でもええの?」
「はい」
 太郎が案内してくれたのは、戦前から一切変化していないような遺物のような居酒屋だった。
「ここ、見た目はあれやけど、何でもうまいで。腹減ってるやろ? おれが適当にたのもか?」
「頼むわ」
「飲みもんは瓶ビールでええな?」
「うん」
「ほな、乾杯」
「乾杯」と僕が言い、「乾杯」と小僧も言った。
「ほら、30万」と太郎が言った。「すまんかったな」
「たしかに」と僕は言った。
「どて焼きですう」と老店主が手を震わせながら皿を運んできた。皿からこぼれんばかりの青ネギが食欲をそそった。
「うま」と小僧が言った。
「うん」と僕もうなずいた。
「だし巻ですう」
「うま」
「すなずりですう」
「うま」
「すじモダンですう」
「うま」
 何が来ても「うま」というのが続いた。
「うどん食ってても思うんですが」と小僧が言った。「ネギが違いますよね、東京と」
「九条ネギいうか、青ネギやねんな。白ネギちゃうくって」と太郎は知ったようなことを言った。「ところで、サダオ、おまえまだスロットで生活しとん?」
「うん。おまえは?」
「いや、パチ屋はほとんど行ってへんな。たまに行ってヒマつぶすくらい」
「じゃあ何してんの?」
「仕事してんで」
「へえ」
「あの、太郎さん」と小僧は言った。「ふたりがコンビ打ちしてたときってめっちゃ稼げたんですよね。どんな感じだったんですか?」
「入れ食い。爆釣って感じやったよな」
「おまえあの機種好きだったな」と言って僕は笑った。
「でもあかん」太郎はタバコを取り出して、深く煙を吸い込んだ後で言った。「人間楽を覚えると、ダメになるわ」
「でも、師匠はたぶんその頃と変わってないですよね。何が違ったんですか?」
「こいつ、変人やねん。欲望とか楽しようみたいな感覚がフリーズしとる。毎日毎秒6万5千分の1引きっぱなし。宗教開いたらええわ」
「ははは」と小僧は笑った。
「6万5千じゃなくて1/65536な」
「ほら、こういうやつやねん」
 小僧はまた笑った。
「ただ、おれらがコンビを解消するきっかけって、こいつが女とつきあいはじめたからやねんで。そんときになって初めてこいつも人間やったんや、と思ったわ、人間味ゆうか」
「え、何ですか。その話。初耳です」
「そうだったっけ」と僕は言った。「でも、もういいだろ、別れたんだし」
「あ、思い出した」と太郎は言った。
「何ですか?」と小僧は興味津々といった顔で聞いた。

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 当時、太郎と僕は中古の(というか新古車の)ワゴンの中で寝泊りしていた。風呂はいきつけの銭湯か、気分を変えたいときはスーパー銭湯。太郎はホテヘル嬢を呼んでそのままラブホに泊まったりすることがあったが、僕はほぼ毎日その車の中で寝ていた。わりと広い車だったからか、あるいはまだ若かったからか、エコノミー症候群的なことにはならなかった。
 考えてみれば、僕は太郎の苗字を知らなかった。太郎も僕の名前を知らなかった。何年もの間、毎日一緒にいたというのに、不思議なものだ。コンビ解消の理由を、僕は太郎の裏スロ通いだと思っていた。でも、太郎は僕の同棲が理由だと言う。人の記憶なんて存外頼りにならないものだな、と思う。どちらにしても、もう終わったことだ。過ぎ去ってしまったことだ。たしかに、今日のスロットは楽しかった。脳が痺れるくらい、楽しかった。でも、それでも僕は、そこに依存することはない。夢のような時間だったな、と思うだけだ。夢は必ず終わる。俺たちは、現実を生きなければいけないのだ。問題は、太郎にはそれが終わっていないことらしかった。

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「おまえらどこ泊まってんの?」太郎はタバコの火を灰皿に押し当てながら言った。
「決めてないけど、たぶんマンガ喫茶じゃねえかな」
「ほな、うち来いや」
「いいよ。ふたりもいるし、それに、俺ら明日帰らないといけないし」
「え? 帰るんですか?」小僧は――いやだいやだいやだ、もっと遊びたいもっと遊びたいもっと遊びたい――という感情を抑えきれない猫のような表情で言った。
「今マイホが一番いい時期だからさ、早く帰んないと」
「二~三日、ダメですか?」
「うーん」
「なあ、二~三日あるんだったら、ちょっと手伝ってほしい仕事があるんやけど」と太郎は言った。
「いや、やっぱ帰るわ。すまないけど」
「なあ、おまえはちょっと冷たすぎないか?」太郎は標準語風のイントネーションで言った。
 正直、戸惑った。
「おれはおまえがいなくなって、どれだけ自分が弱い人間かを知った」太郎は標準語でそう言った。「東京にいられなくなって、各地を転々とした。横浜。名古屋。博多。那覇。札幌。仙台。そして、ここ。おれはようやく自分の居場所を見つけたような気がした。なあ、頼む。ここが正念場やねん。このヤマを越えたらおれは独り立ちできる。越えられなければ、まっさかさまに落っこちる。まだ死にたないねん。昔のよしみやん。頼むよ」
「……」
 ふと、りんぼさんに言われた言葉を思い出した。
「向こうで出会ったどんな人間にも、気を許さないほうがいい。師匠のことだから大丈夫とは思うけど、それだけは覚えておいてくれ」 
 それから、越智さんに言われた言葉を思い出した。
「師匠さん、これから先、何があっても、そのことは忘れないでくださいね」
「何をですか?」
「自分のためにすることが、他人のためになることがあるということを」
 何かが起きている。または起きようとしている。そして僕は、僕の意思とは無関係に、そのできごとから逃れることはできない。そんな気がした。

つづく

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