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 たけさんが寝込んでしまったので、俺たちでできることをした。掃除だったり、買出しだったり、料理だったり、洗濯だったり。朝一はきちんとパチ屋に並ぶのだが、狙い台を取れなかったり、手持ち無沙汰になった方は、帰って家のことをするという決まりをつくった。

 たけさんの具合が悪くなって四日後、朝ご飯にお粥をつくって持っていくと、すまんのお、と神妙な面持ちでたけさんが言った。
「なあ、すまんついでに、師匠にちょっと頼みごとがあるんやけど……」
「何ですか?」
「この包みをある人物に届けてくれんか? ほんまはわしが行きたいとこやけども、この体やとしんどい……。スロットで忙しいとこ申し訳ないんやけど、頼まれてくれるか?」
 たけさんらしからぬ、弱弱しい声だった。
「いいですよ」と快諾した。「危ないものとか高価なものじゃないですよね」
「うーん、危ないとか高価でもないんやけど、貴重なものではある。ま、師匠やったら任せられるわ」
「何かそう言われると怖いっすね。何かあっても責任は取れませんよ。どこまで持っていけばいいんですか?」
「大阪」
「へ?」
「ちいと遠いけど、こらえてくれや」
「……あの、小僧も連れてってもいいですか」
「小僧か……あいつも最近根つめとったからな。たまには気分転換もええかもしれん。ほやけど、荷物だけはほんまに頼むで」
「あの、荷物って何ですか?」
「それは先方との約束があって言えん。でも、途中でほかしたり失くしたりせんといてくれよ。一生のお願いじゃけ」
「それは、はい」
「交通費とかめし代とか諸々あるけ、これつこうとくれ」
 封筒には十万円が入っていた。
「いや、多すぎますよ」と僕は言った。
「大阪でうまいもんでも食うてくればいい。あっちはおもろい風俗もいっぱいあるし、用事が済んだ後で食い倒れてこいや」
「……はあ」

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 夜になってりんぼさんが訪ねてきた。
「あ、りんぼさん、たけさんはまだ体調戻らなくて寝てますよ」小僧がそう言った。
「いや、今日はそのことじゃなくて、ちょっと君たちに話があって来たんだ」
「どうしたんですか?」と僕は聞いた。
「たけさんに何かお願いされるかもしれないけど、その話、断ったほうがいい」
「もう頼まれちゃいましたよ。飛行機のチケットも取りましたし。明日の朝出発します」
「あちゃあ」とりんぼさんは言った。「一足遅かったか」
「何か問題でもあるんですか?」と僕は聞いた。
「……じゃあ、ひとつだけ忠告しとくけど、向こうで出会ったどんな人間にも、気を許さないほうがいい。師匠のことだから大丈夫とは思うけど、それだけは覚えておいてくれ」
「どういうことですか?」
「すまないが、僕はもう行かないといけない」
「どこにですか?」
「仕事を再開したんだ。しばらく会えないと思う。たけさんによろしく言っといてくれ。じゃあね」
 りんぼさんがドアを閉めると同時に、車のエンジンがかかる音がした。仕事? 人を不幸にするってやつか、と思う。
「何か高そうな車ですね」と小僧が言った。

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 翌朝は早めに起きて、家に残していくたけさんのために多めにお粥をつくり、チンして食べられるように小分けして、それから簡単に支度をした。たけさんから預かったルービックキューブくらいの大きさの箱を、バックパックにしっかりしまう。小僧はりんぼさんにもらった眼帯と、越智さんにもらったマフラーを得意気に装着し、どうっすか? と言った。
「はいはい。よく似合ってるよお」適当に返事をしたにも関わらず、小僧は嬉しそうに「そうですか?」と言った。その楽観はどこから来てるんだろう? と思う。どこから来て、どこへ向かうんだろう? 正直、昨夜はよく眠れなかった。謎めいたたけさんの依頼、意味ありげなりんぼさんの言葉、初めて訪れることになる日本第二の都市。心は浮つきっぱなしだった。
「ほな、頼むで」とたけさんは言った。「おまえらが戻ってくるまでには体直しとくけ」
「はい。いってきます」と僕は言った。「たけさん、いってきます」小僧も言った。
「いってこおわい」とたけさんが言った。
「はい?」
「いってこおわいって言えや」
「いってこおわい」と俺たちは言った。
「はい。いってらっしゃい」とたけさんは言った。よくわからなかったけど、たけさんが笑顔だったので、まあいいか、と思った。
 松山空港から飛行機に乗った。飛行機に乗るのは小さい頃ハワイに行って以来のことで、飛ぶ瞬間は、9割ループの継続抽選を受ける以上に心臓がドキドキしていた。が、雲の上に出てしまえば何てこともなかった。小僧は小さい頃から飛行機は腐るほど乗っているらしく、座った瞬間から寝ていた。という僕も、気づくと眠っていて、気づくと伊丹空港に着いていた。大阪国際空港って書いてあるけど、ここ、兵庫なんだ、と思う。成田とか舞浜みたいなものか。伊丹から電車に乗って、梅田駅を目指した。人々の喋り方がまったく違った。ここは東京と地続きなのか? と思う。いや、むしろ東京の方が新参なのか。古来日本はこっちがスタンダードだったのだ。言語の成立も、文化の醸成も。とはいえ、その大きな駅の周辺は、この時期の東京と同じようにクリスマスの音楽が流れていた。腹が減ったので立ち食いうどん屋で昼食を済ました。四国では特にそうだったけど、うどんに関しては、確実に東京より関西のほうがいいよな、と思う。
 地下鉄に乗って、たけさんに渡されたメモを見ながら、日本橋という駅で降りた。都内にある日本橋とは趣がまったく違った。路地があり、小さな店がたくさんあり、下町というのか、風俗街というのか、オタクの街というのか、電気街というのか、とにかくごちゃごちゃしていた。
「同じ日本橋でも全然違うな」と言いながら歩いていると、「にいちゃん、ニッポンバシって読むねんで」としわくちゃの老婆が言った。
「はあ」と僕は言った。
「ニッポンバシ」と小僧は言った。
「せや。ニッポンバシ、最近のワカイモンは大阪人でもニホンバシ言うさかい困ったもんや」と言って、老婆は急角度でくいっと路地に入っていった。
「あ、あれ、通天閣じゃないですか?」と小僧が言った。
「ほんとだ。おまえ、見えるんだ」
「あれくらい大きいと見えますね」
 そんなことを言いながら、たけさんに渡されたメモにある雑居ビルに入った。
「遠いところをご苦労さん」出迎えてくれたチョビ髭の男がそう言った。

つづく

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