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 俺たちは快進撃を続けた。1週間のうち、半分は高設定台に座れるようになった。そのうちに古株のジグマプロ(いつも帽子をかぶっている二十代中盤くらいの男)から、「明日はどの台っすかねえ?」と喋りかけられるようになった。喧嘩を売られているのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしかった。ジグマ同士の情報のやりとりは、設定を見極める精度の向上につながった。
 そんなある日、小僧が何かを発見したような顔をして、「師匠、ビタ押しって、もしかして、0.75秒を21で割るだけのことじゃないですか?」と言った。
「厳密に言えばリール1周のスピードは0.75~0.8秒の間くらいで、攻殻機動隊とか北斗転生とかは20コマだから、機種によるっちゃ機種によるんだけど、まあ、そういう認識でいいと思う。何か掴んだ?」
「何となく、ですけど」
「すげえな。てか、マジでメガネとかコンタクトとかしないで問題ないの?」
「別に遠くが見えなくても、そんなに困らなくないですか?」
「いや、困る。あの台が空きそうとか、おいしいゲーム数の台があるとか、わかんないじゃん」
「でも、目で見えない情報もありますよね」
「たとえば?」
「あ、今、あっちの台で今人が立った、とか、あっちの台のボーナスが今終わった、とか」
「ふむふむ」と僕は言った。「音か。たしかに、音とかってあんまり気にしてなかったわ。うるさいからすぐ耳栓つけちゃうし」
「耳栓してても、何か、敏感になりましたね。気配とか音とか、そんなのが」
「ヴァルゴのシャカみたいな話だな」
「何ですか? それ?」
「いや、ただの昔話」
「てか、師匠、この二週間でいくら稼ぎました?」
「ふたりで50万くらい」 
「いくら貯まったら遍路するって言ってましたっけ?」
「ひとりあたり100万かな」
「じゃあ二ヶ月以内には貯まりそうですね」
「現在のペースで未来は占えないよ」
「でも、そうなると、まだ寒いですよね。真冬に遍路します?」
「うーん、それもそうだな」
「春まで待っちゃいますか」
「何で嬉しそうなんだよ」
「え、その分スロット打てるじゃないですか」
「……」
「ねえ、師匠、何でスロットって楽しんですかね」
「リールってクルクル回るだろ?」
「はい」
「リールってピカピカ光るだろ?」
「はい」
「だからじゃね?」
「……おれ、今、バカにされました?」
「……」

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 12月に入ってさらに調子が上がった。年末年始はパチンコ屋にとって一番のかきいれどきだから、その前準備、出玉をアピールする時期なのだ。そのうちにスタッフがサンタクロースのコスプレをするようになった。クリスマスか。そういえば小学生の頃、病的に「サンタはいる。サンタはいる」とか言ってたやつがいたな。何という名前だったか。
「師匠はクリスマスって好きでした?」
「あんまり。っていうか、祭りとかイベントとか俺には関係ねえって思ってたから」
「師匠らしいっすね。おれは好きだったなあ。だからこの季節になるだけで何かワクワクしちゃうんすよねえ」
「スロット打ってるときもそんなこと考えてる?」
「……どういうことですか?」
「イベントとか祭りとかってさ、要は自分という人間がこの世界の主要登場人物であることの確認なわけじゃん。でも、スロット打ってて、俺だけに引けるフラグがある、俺だけは勝てる、みたいに思うのは危険だよ」
「はい? ちょっと意味わかんないです」
「自分という人間は、住んでる地域ともつながってるし、神様ともつながってるよ、という証として、祭りがある。だから人間は祭りに参加する」
「え?」
「祭りって神事じゃん」
「ちょっとマジでわかんないっす」小僧は眼帯のないほうの目をパチパチ瞬いて言った。
 わかんないと言う人の認識に語りかけるのは困難だな、と思った。でも、試みてみた。別に大した話じゃないし、わかんないならわかんないでかまわないし。
「人間という存在の源は何かと考えていくと、感情にぶちあたる。そこを何で? と突っ込まれると、話がさっぱり進まないから、ちょっと勘弁してくれ」
「はい」と小僧は笑顔で言った。
「人間の源は、感情である。逆に言えば、感情こそが、人間を、人間たらしめている。感情ってのは、簡単に言えば、喜怒哀楽みたいなことね。じゃあ、その感情は、どこから来るか? はい。ここが、ポイントです。自分の感情は、自分のものだけど、自分が生み出したわけでも、完璧にコントロールできるものでもないのだから、誰が生み出したかといえば、自分以上の存在に決まっている。つまり、神だ。だから、嬉しいときは、神様に、ありがとうと言おう! うおお。それが、祭りのはじまりだ。獲物が取れたぞ。あざーっす! 農作物が収穫できた。あざーっす! そんな感じだと思う。政治のことをまつりごと、というのも、偶然じゃない。全部感情がベースなんだ。怒れる人のために、政治や法律があり、哀しみのために葬式がある。元服や髪結(成人式)、または結婚式。子孫を残す喜び、成長を祝う楽しみ。人間の文化はすべて感情をベースに、神を媒介にして発展してきた。そんな感じ」
「はあ」と言って、小僧は深くうなずいた。「何かめっちゃ納得しました。何かセンセーって言いたくなりました。師匠って高校しか出てないのに何でそんなこと知ってるんですか?」
「昔付き合ってた女の子が読書家で、その子と付き合ってるときに死ぬほど本を読まされたから、というか、その子と付き合ってるというか、本と付き合ってるみたいな感じだったから。つっても小説とかじゃなくて、歴史書とか文化人類学とか民間伝承とかそういうのだけど。そのせいなのかな。俺、他のことはダメだけど、視力と記憶力だけはマシなので」
「へえ、何か意外ですね。師匠も誰かの影響とか受けるんですね?」
「案外受けるっぽい」
「へえ」
「とにかく、現代の祭りやイベントは、神じゃなくて、企業やプロデューサーの思惑で踊らされる。それでも人間の感情そのものは、旧石器時代からまったく変わってない。だから、主要登場人物であることは、やめたくない。っていうか、主要登場人物だから、当然、踊る。踊るべき。踊らなければいけない。そう考えてしまう。踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らな損損。クリスマスにはケンタッキー、あるいはコーラ。バレンタインデーと言えばチョコ。俺は単に、誰かの思惑で踊りたくないだけでさ」
「ひねくれてますねえ」と言って小僧は笑った。「でも、わかりました。主人公のつもりでスロットを打ったら、確率どおりに負けるぞってことですよね。ただ、それはそれとして、あえて乗る。あえて楽しむってのもあるんじゃないですか? 継続率は誰が打っても継続率ですけど、それが継続するかどうかは本人の指のタイミングだったりするわけですし」
「おまえ、明るいよな」僕はしみじみと言った。
「え?」
「すげえよ」
「はい?」
「正直、助かる」
「じゃあ今日は抽選いいほうの番号で入らせてくれますか?」
「それはダメ」
「……師匠ってしっかりしてますよね」
「まあね」

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 たけさんとりんぼさんは、ほとんど毎日酒を飲んでいた。俺たちは次の日のために、2時までには床に入るのが常だったけど、この日は翌日が日曜だったので、最後まで参加することにした。
 芋焼酎を入れた湯飲みを片手に持ちながら、「毎日毎日そんなに飲んでて飽きないですか」と常々思っていた疑問を口にしてみた。
「なぜ飲むか?」とたけさんが言った。「なぜ飲むか? それは、 それ以外することがないからだ」
「誰の言葉ですか?」
「竹田新三郎」
「……」
「へえ」とりんぼさんが言った。 「たけさん新三郎って名前なんだ」
「オイオイ、りんぼんよお、まさか、とは思うが、わしん名前知らんかったん?」
「知らなかった。だって武士じゃないんだし、現代の男同士がフルネームを名乗りあうってあんまりないじゃん。たけさんだって僕の苗字知らないでしょ」
「田所やろ。そら知っとるわ」
「ああそう。じゃあごめん」
「これだから関東人は冷たいって言われるんや……」たけさんはそう言って、芋焼酎をぐびぐび飲んだ。
「あの」と僕は言った。「俺、人間五十とか六十まで生きると、何と言うか、もう少し高尚というか、もっと何か悟ったような会話をすると思ってたんですけど、違うんですね」
「くだらんと?」
「いや、くだらんとまでは言ってませんけど」
「はっはっは」とりんぼさんは笑った。「我々からすると、師匠のほうこそジジイに見えるよ。ねえ、たけさん」
「そうやなあ。変わっとるなあ。小僧のほうはまだ理解のできる逸脱の仕方やけど、師匠はちょっとつき抜けとる」
「何がですか?」
「まあ一種の変態やわな」
「師匠って変態なんですか?」と小僧は言った。僕が首を振ると、小僧は「あの、素朴な疑問なんですけど、オナニーっていつまでするんですか?」と、ろくでもない疑問をふたりにふった。
「そら死ぬまでするやろ。人間だもの」たけさんはちょっと気恥ずかしそうにそう言った。
「マジっすか?」小僧は驚きのあまり立ち上がって言った。
「そりゃ十代、二十代とは違うけ、体力はないけど、そういう欲望だけは枯渇せん。不思議やけども」
 そんなたけさんの体調が急変したのは、12月の半ばを過ぎた頃のことだった。

つづく

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