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あらすじ

山村という男はスロットで稼いで生きてきた。十数年、ひとり、自分だけの力で。
が、地元の掲示板で叩かれたショックで現実逃避の旅に出た。もう死んじゃおうかな、と思っているうちに四国にたどりつく。ひょんなことから出会った若者(山村は若者を小僧と呼び、若者は山村を師匠と呼ぶことになる)と行動を共にするようになり、なりゆきからコンビ打ちをすることになった。パチ屋で出会ったおじさんの家に寝泊りをさせてもらうようになり、山村は小僧と共に生きていくことを決意したのだった。

 夢を見た。起きてからも体の芯に残っているような夢だった。
 どういうわけか、僕は「ミリオンゴッド~神々の系譜~」を打っていて、ゴッドゲーム中に天空の扉からGOD図柄がテンパった。よっしゃ、と思った。でも、その赤い扉の向こうから出てきたのは、小さなおじさんだった。
「は?」と思う。「は?」
「@スロットの中から小さなおじさんが出てきたら、そらそう言うわな@」
 僕はキョロキョロと辺りを見渡した。何の変哲もない遊技空間だった。いつものクセで、僕は右ポケットの中のスマホを、左ポケットの中の紙幣、それからカチカチくんとリップクリームを確認した。……ない。何もない。途端にあせってしまい、挙動不審になった。どこだ? どこに行った? 俺はそれらをどこで失くした?
「@ま、ものを失くした人はそんな感じだわな@」小さなおじさんはそう言った。
「どこで失くしたんだろう?」と僕は言っていた。
 「@理由はふたつある」小さなおじさんは言った。「ひとつは、不注意。ひとつは、不慮。どちらにせよ、必然である。ものを失くしたくなかったら、することはひとつしかない@」
「何ですか?」と聞いた。
「@ものを持たないことだ@」
「違う」と僕は否定した。「それは、僕が見つけた答えだ」
「@ふぉっふぉっふぉ@」サンタクロースのように、小さなおじさんは笑った。 

「師匠?」という声で僕は目が覚めた。ああ、夢だったのか。わけがわからないけど、妙にリアルな夢だったな。あれ? 何か小僧に言おうと思っていたことがあった気がする。何だっけ?
「おはようございます」
「おはよー。あのさ、小僧さあ、やっぱ高校くらいは出といた方がいいと思うんだが」僕はとりあえず思いついたことを言ってみた。
「師匠は高校を卒業して、何か良かったことはありましたか?」
「今のところはまったく感じないけど、行こうと思えば今からだって大学に行けるし、バイトをするにしても中卒よりは探しやすいし、いざというときの心構えが違うと思う」
「それ、一般論ですよね?」
「もちろん、一般論」
「じゃあいいです。学歴ってのは、要は目に見える価値基準ってことですよね。おれはそういう世界からセイグッバイしたので、必要ないです」
「セイ」と言った。
「グッバイ」と小僧は言った。
「後悔しないか?」
「後悔は全部病院のベッドに置いてきました」
「言うねえ」と僕は冷やかすように言った。
「言います」と小僧は胸を張った。
「思い出した」と僕は言った。
「何をですか?」と小僧は首をひねった。
 
この目はおまえの目だ。この目に映る世界は俺たちのものだ。
 ……途端に恥ずかしくなってしまい、そんなこと言えるか! と思った。
代わりに、「俺たちは、遍路をするべきかもしれない」と言った。
「俺たち?」

「そう。俺たち。ただ、その前に、俺たちは資金を稼がなければいけない。というわけで、今日からパチ屋に行く。異存はありますか?」
「あるわけないっす。うわー。久々だなあ。楽しみ」
 僕も腹をくくろう、と思った。まずはアパートを引き払う必要があった。不動産屋さんに電話して、アパートの契約を切り、滞納していた家賃を入金し、敷金を返してもらわない代わりに向こうにある荷物を全部処分してもらうという交渉をした。小さな不動産屋だったし、もともと僕の部屋には家具なんてほとんどなかったから、了承してくれた。当然お金の未払いがあったからだと思うけど、僕のことを心配しているような口ぶりだったのが意外だった。
「転居先が決まっているのであれば、お荷物をお送りすることもできますが、本当に処分してしまってよろしいのですか?」
「はい。お願いします。お手数かけて申し訳ないです。はい。失礼します」
 昼食を食べた後、俺たちはホールに向かい、以前忘れたコインのことをフロントで言って、レシートとして返してもらった。「今後は気をつけてくださいね」と言われた。 
「はい」と言った。
 
 翌日、たけさんに頭を下げて、この家でしばらく生活させてもらうことをお願いした。家賃を払わせてください、と言ったのだけど、ここはわしの持ち家やし、わしが誘ったのだから、と頑として首を縦に振らなかった。ただ、その部分に関しては、僕も譲れなかった。自分の生活にかかるお金の出所を曖昧にしたくなかった。結局、たけさんと僕が少しずつ折れて、水道料金と光熱費を俺たちで出すことでまとまった。でも、アルコールは自己負担ですからね、と言うと、たけさんは呵呵と笑った。
 
新しく何かをはじめるとは、古い何かを捨てるということでもある。その儀式として、タバコをやめることにした貯金の残高を見て、逆にやる気になった。後、30万と少し。ここが生命線だ。ここから後退することは、死を意味していた。この十数年で、20万程度の資金が目減りすることはあった。でも、それ以上は経験がない。つまり、30万という資金が、スロットをするにあたって用意すべき最低ラインだと思う。もう東京には帰れない。とりあえず100万を貯めて、それで小僧と遍路をする。それが今の僕の目標だ。俺たちの目標だ。人間、目標こそが、何を差し置いても必要な宝物だった。そしてそれは、今までの人生に足りなかったものだった。
 集団生活。僕は今まで、家族だとかノリ打ち軍団だとか、集団に嫌悪感があって、それはずっと変わらないと思っていたのだけど、どうやらそういうわけでもないらしかった。要は強者の論理が苦手だっただけだ。誰かに都合のよい論理とは、誰かに都合のよくない論理だからだ。家父長制、学生時代のクラス内格差、無理を言う社員とうなずくしかないバイトの関係、年功序列、男尊女卑、卑、何にせよ。
 政治は人間が人間になる前から存在し、たぶん協力という概念とともに生まれ、獲物の分配によって洗練されていった。当然、力の強い個体が多くを持っていったはずだ。時代を経るにつれて力の概念が複雑に変化していった。とはいえ、その根本は変わっていない。それは人間が集まる場所ならどこでもそうだ。力を持つものが、優位なポジションを占める。その地位を生まれや容姿や才能や他人の悪口をたくさん言える人間が陣取って放さない。それが嫌なら勝てばいい? 奪えばいい? その考え方が嫌だった。勝つのも、負けるのも、ひとり。自分のしたことがどんな結果を引き寄せても、自己責任で済む。生きるのも、たぶん、死んでいくのも。それがあたりまえだったし、それが心地よかった。自分だけで完結する世界。でも、考えてみれば、人間同士いたわりあうなんて、とても道徳的で、あたりまえのことだ。
 といって、道徳に回帰しようなんてきれいごとを言うつもりはまったくない。パチンコ屋の中で道徳心を発揮してもしょうがない。自分という概念が広がっただけのことだ。以前よりずっと。そんなことをしみじみ思いながら毎日床についた。掃除も洗濯もちゃんとしているから、布団はもうかび臭くない。

つづく

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