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 越智さんの質問に答えながら、占いというよりも、心理学のテストか、あるいはインタビューみたいだ、と思った。ただ、どちらにしろ、失礼な話だ。人のプライベートスペースにずけずけと入ってきやがって。ただ、一面では、たしかに。おっしゃるとおりだ、と思っている自分もいた。
「師匠さんは、自分のことを考えるのは得意でも、他人の心情を理解しようとする経験に乏しいのではないですか?」
「……そうかもしれないです。その必要性を感じたことがなかったというか」
「でも、今はちょっと変わってきたと思いませんか?」
「……たしかに」と言った。「どうしてなんですかね」
「人間なんですよ。それが、人間なんです」
「人間」僕は先生の言うことがさっぱりわからない小学生みたいに鸚鵡返しをしていた。
「一般論をしますよ」と越智さんは言った。「一点目。人間である以上、他者と関わらずに生きるのは不可能です。二点目。それでもあなたには、人間的な魅力、あると思いますよ」
「はい?」……率直に言うと、僕は照れていた。
「 自分のために何かをすること。他人のために何かをすること。どちらも自分を動かす原動力という意味では同じですが、利己行動を極めると、他者のためになることがあります。たとえば、イチローさん。彼は日本国民のために野球をしているわけではない。徹頭徹尾、自分の理想のために野球をしているはずです。しかし、それを見る人は元気をもらえる。勇気をもらえる。イチローさんとまでは言いませんが、あなたを見て、小僧くんの人生が現実に変わりました。怪我をしたこととは別に。それって、すごいことだな、と私などは思うのですが」
「あの」と僕は言った。「これ、占いなんですか?」
「占いです」と越智さんは言った。
「あの、俺は褒められてるんでしょうか? それとも、貶されてるんでしょうか?」
「褒めてます」越智さんはにっこりと笑った。「師匠さん、これから先、何があっても、そのことは忘れないでくださいね」
「何をですか?」
「自分のためにすることが、他人のためになることがあるということを」

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 退院祝いということで、「風」で飲むことになった。小僧は病院からつけてきた白い眼帯の上に、たけさんにもらったキャプテンハーロックか丹下段平のような黒い眼帯をつけ、「どうすか?」と言った。
「かっこええな」とたけさんは笑った。
「そうっすか?」小僧はまんざらでもない笑みを浮かべた。
「小僧くん退院おめでとう」と言って、りんぼさんは小僧に紙袋を手渡した。
「何ですか?」と小僧が聞くと、「ブルーベリー。目にいいらしいから」とりんぼさんが言った。
「ありがとうございます」
 そして乾杯した。さすがに酒を飲ませるのはまずい、という大人たちの意見で、小僧はウーロン茶を掲げた。
「一杯くらいダメですか?」と小僧が言うと、「未成年はダメ」とたけさんが言った。
「たけさん、今は楽しそうな顔してるけど、実際すげえ心配してたんだよ」とりんぼさんが言うと、小僧は「させん」と言った。
 小僧に気を遣ってか、当たり障りのない話が続いた。しかしそれも長くは続かず(酒が入ってきたのだ)、「わしはおまえが心配で、心配で、何やったらそのガキらを殺したろうか思ったくらいで、おまえが、元気になって、ホンマによかった」そう言って、たけさんは泣き出した。
 どうして出会ってから一ヶ月も経っていない人間のためにそんな風になるんだろう? と思った。……人間なんですよ。それが、人間なんです。越智さんの言葉がよみがえる。
「小僧くん、やり返そうとは思わない?」とりんぼさんが言う。
「いや」と言って小僧は首を振った。
「何で?」
「失ったものは取り戻せないんです」と小僧は言った。「時間は巻き戻らない。今を生き、よりよい未来を掴むっす」
 僕は苦笑するほかなかった。たけさんは「よう言った」と言った。「復讐は何も生まん」

「遅れちゃってすいません」と言って越智さんが駆けつけた。「あの、これ」と言って、小僧に手さげ袋を手渡した。
「ありがとうございます」と小僧は言った。「何ですか?」
「いつも寒そうな格好してるので、マフラーです」と越智さんは言う。
「何か、至れり尽くせりで、すいません。本当はおれが悪いことしたのに、色々してもらって、すいませんっ」小僧は僕と出会ったときと同じように、土下座をはじめた。
 おいおい、と思っていると、「僕はね、昔、ヤクザみたいなことをしてたんだ」唐突にりんぼさんが語り出した。「たけさんも、バブルの頃は地上げ屋みたいなことをしてた。果歩ちゃんは、昔暴走族のレディースにいた。みんなそれぞれ不幸を撒き散らし、そして今、それぞれの不幸を生きている。たぶん、それが人生なんだよ。トルストイという作家が言ったように、幸福な家庭はどこか似ている。というか、目に見える幸せは似てしまう。でも、不幸の形はそれぞれ違う。それは、裏を返せば人の数だけ不幸があるってことだと思う。お金があろうが、なかろうが、人間はそれぞれ不幸なんだ。前に酔っ払って君が口走っていたけど、君だけが不幸なわけじゃない。それは覚えておいたほうがいいよ」
 唐突に、小僧は立ち上がり、師匠いただきます、と言って、僕の前にあったビールのジョッキを掲げ、「高木良太飲みます」と言って半分以上入っていたジョッキを一気に空けた。
「おい、師匠が了解する前に自分勝手に飲み始める弟子がいるか」と言って、たけさんが苦い顔をした。

つづく

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