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誰でもそうなのかもしれないが、時々、自分でいることにうんざりする。その理由を述べる。

1、頭が悪い。

本を読む。世界を見る。そして自分の頭で考えようとしている。つもりである。
が、土台の土台、根本の根本である頭が悪い。どうして自分の頭が悪いのか、理解できないくらい頭が悪い。

2、心が弱い。

こう見えて(どう見えて?)一昔前のストッキングのように傷つきやすい。

3、そそっかしい。または、うかつである。

ケアレスミスが多い。同じ過ちをくりかえす。何でだろう。

4、短気である。

短気は損気。まさにそれ。

5、本番に弱い。

実は緊張しい。学生時分は「緊張? 大好物です」とか言っていたくせに、大人になるまで気づかなかったところが痛々しい。いいところを見せようとすると、手が震え出す(アル中ではない)。わかってるならいいところなんて見せようとすんなよな、と思うのだが、都合の悪いことはすぐ忘れる。

6、そのくせ、目立ちたがり。かっこつけ。

だからこそ、と言うべきか、馬鹿と煙は高いところが好きというか。

7、自分を知るのが遅すぎた。

二十代後半、いや、三十代になって、初めて自分という人間が少し変わっていることに気づいた。そこから修正は難しい。というか、むしろ逆方向に突き進んでいる。

8、それでも何度へし折れても、へし折られても、根拠のない自信がどこからか湧いて出てくる。梅雨時期のカビのように。

どう考えてもダメ人間。どう考えても廃人。どう考えてもクソ野郎。どう考えても……
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が、自分の欠点を羅列するだけではただの愚痴である。愚痴とは、過ぎ去ってしまったことを過ぎ去った後で嘆くことだ。後ろにあるものを、なぜ後ろにあるのかと、憤慨することだ。無意味、無意味無意味。前を向く以外には歩けない。人間は蟹ではないのだから。

こんな話がある。

あるところに寿という少年がいました。
寿は親に与えられた楽器を得意げに鳴らし、異性を求め、歌を歌い、飲むと気持ちの良くなる液体を飲んだり、吸うとノドがゲホゲホしてしまう煙を吸い込んだり、フラグが成立すると七を揃えることのできる回胴式遊技機を擦ったりして我が世の夏を満喫していました。その頃、同級生たちは、国語(現代文、古文、漢文)、数学Ⅰ・A、数学Ⅱ・B、英語、世界史B、政治経済、物理基礎、生物基礎などを学んでいました(文系国立志望)。

季節は移り変わります。

同級生たちはすでに就職し、結婚し、子をなし、健康診断を受け、メタボ対策をし、趣味に金をかけ、家を購入し、人生の終着点をすら見据えています。
そのときになって寿は思うのです。「おれ、独りじゃね?」と。
「ねえねえ」寿は通りすがりの同級生に言いました。「スロットでも打ちに行こうよ」
同級生は首を振ります。「一昨日きやがれ」
「ねえねえ」寿は別の同級生に言います。「どこかでお酒でも飲まないかい?」
同級生はやはり首を振ります。そしてこう返します。「おまえ、歌ってただろ? ファンがいるんだろ(笑)」と。
「いやいや、ぼくは君に言っているんだ」
「やだね」と同級生は言います。「ぼくの趣味は貯蓄なんだ。それに、いい歳してフラフラしてるやつと飲みたくなんかないよ。君は自己責任って言葉を知らないのかい? 自業自得だよ。じゃあね」

周りを見渡しましたが、誰も見当たりません。寿は気持ち悪くなってゲロを吐きました。目元からは涙がにじみます。いくら吐いても気持ち悪さは止まりません。だけど寿は生き方を変えることができないのです。

やりたいことをやっているのだから。


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