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 翌日になっても小僧の体調は戻らなかった。僕は小僧のご飯をつくり、それからパチ屋に行き、そしてたけさんの家に戻ってきて、たけさんの晩酌に付き合った。そのうちにりんぼさんがやってきた。

「小僧くんの体調はまだ戻らないの?」とりんぼさんが言った。
 僕がうなずくと、「季節の変わり目やけね」とたけさんが言った。
 もうお酒は飲みたくないな、とは思うものの、しょうがない。ふたりの小学生男子のするような会話を聞いているうちに、例によってたけさんが先にいびきをかきはじめ、僕はりんぼさんとふたり、湯飲みに入れた芋焼酎を持って語ることになった。

「師匠は女には興味ないの?」とりんぼさんは言った。
「興味なくはないですよ」と僕は返した。
「じゃあ最近いつやった?」
「何ですかその質問は」
「いや、ちゃんとそういうことしてるのかなっていう単純な興味なんだけど。じゃあ、すぐにやらせてくれる女性と、まったくやらせてくれない女性はどっちがいい?」
「そりゃすぐにやらせてくれるほうがいいんじゃないですか」
「じゃあ、すぐにやらせてくれるけど、誰とでも寝ちゃう女と、やらせてくれない処女とどっちがいい?」
「そりゃ前者ですけど、質問おかしくないですか? どういう外見で、どういうパーソナリティがあってっていう前提がないと答えようがないですよ」
「いや、君と会って3日経つけど、少しずつ君のことがわかってきたよ。結婚したいとかそういう願望はある?」
「結婚したいって、まず人ありきじゃないんですか? 好きな人がいて、この人と一緒にいたいと思う。それで初めて結婚願望っていうんじゃないですか?」
「ふんふん。君らしい答えだ。じゃあ質問を変えよう。師匠がスロットをしているのは、お金のためだけじゃないよね」
「たぶん」
「たとえば、スロットよりもっと楽に稼げるものが目の前にあったとしたら、それ、する?」
「それは具体的にどういうものですか?」
「ここにひとつのボタンがあります。このボタンを押すと、あなたと関係のない人が何人か不幸になります。そのかわりにあなたにはお金が入ります。押す?」
「押さないです」
「何で?」
「何となく」
「だって、スロットだって同じじゃない? 大勢の誰かが負けてくれて、ようやく君みたいな人間に恩恵が届く。敗者のいないところに勝者は存在しない。やってることが同じなのに、ボタンは押さないってきれいごとじゃない?」
「そうですね。でも、そのボタンで不幸になる人には自己決定権がない。それはフェアじゃない」
「うーん」と言ってりんぼさんは芋焼酎をぐびと飲んだ。「こりゃ是が非でもパチンコ屋の存在しない世界で君が何をするのか見たくなってきたな」
「あの、りんぼさんは人を不幸にする仕事をしてたって言ってましたけど、何をしてたんですか?」
「人の不幸が利益に直結するビジネスモデルってけっこうあるんだよ。君も知ってのとおり、ギャンブル産業がそう。金貸しってのもそう。警備会社もそう。日本にはないけど、刑務所の経営とかもそうかな。軍隊もそうだね。武器、兵器をつくるってのもそう。社会が不安定になればなるほど事業拡大の契機になるっていう。もしかしたら酒造メーカーもそうかもしれない。娯楽産業もそうかもね。もちろん、それらには両面あるわけだけど。うーん何て言えばいいのかな、今さ、外食産業がけっこうなピンチを迎えてるんだけど、理由わかる?」
「わかんないです」
「外食産業って、基本的に大手以外は労働基準法通り働いてたら仕事にならないんだよね。人々の暮らしに根ざしてるからなんだけど。常連さんにもう一杯頼むよ、って言われて無視する飲み屋の店主は少ないでしょ。それに、日本の場合、外食が全般的に安い。お客様は神サマですっていう接遇もそうだけど、自分がスーパーに行って買い物してつくるよりも安いご飯の選択肢がこんなに豊富にある国って先進国にはない。その安さがどこから来てるかって、貿易格差とか、誰かの善意だったんだけど、そのビジネスモデルが揺らいでる。具体的に言えば異物混入事件やブラック企業認定とかだけど、そういうので儲ける人もいるんだよ」
「火事場泥棒みたいですね」
「簡単に言えばね」
「……」
「ビジネスってさ、人に奉仕するのが第一義。消費者が欲しいものをつくらなければ売れないからね。その裏では依存させたいっていう動機もある。良いものは、必ず依存の対象になるからね。そして、できればその商品にまつわる流通を独占したい。それを防ぐために独禁法があるんだけど、実際はメジャーの論理で世界は回ってる。だから、大手はなかなかしぶとい。トヨタショックなんてはたから見てて感動したけど、あれ、けっこうやばかったじゃん。知らないか。まあ北米トヨタの話なんだけど。そこからのV字回復。天晴れだよ。世界で行われているすべての経済活動は既得権益をめぐる戦争なんだよね。簡単に言えば、桃鉄みたいなもんなんだけど。桃鉄ってゲームやったことある?」
「学生の頃に」
「あれってさ、モノポリーをベースにしたようなゲームだから、ある種の経済モデルでもあるわけ。で、ひとつの会社が成長する裏で、会社にとってネガティブな事件が発生する。台風とか、地震とか、キングボンビーとか、そういうの。そういうのを意図的に起こす人ってのも、世の中にはいるんだよ。で、個人がそういうのに狙われたら、まず、アウトなんだけど」
「怖いですね」
「うん。僕は実際には末端だったけどね」
「ヤクザってことですか?」
「いや、外面上は普通の会社だった」
「でも、辞めたんですよね。今は?」
「今は、無職」
「無職すか」
「うん」

つづく

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