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クリスマス特別企画「寿の贈るクリスマスプレゼント」


 ボディチェックをされ、携帯電話を預け、エレベーターに乗った。

「紹介状を確認いたしました。どうぞ、おかけください」
 出迎えてくれたスーツ姿の女性がそう言った。腰を下ろす。見かけよりもずっと柔らかなソファだった。

 巨大な応接室にはおれと彼女しかいない。時計もない、カレンダーもない、音楽も鳴っていない。そんな無機質な部屋の中にあって、女性とおれを隔てるテーブルの上には、小さな翼の生えたトリケラトプスの置物が、サンタクロースの帽子をかぶって笑っていた。正直、変なセンスだ、と思った。

「どういったご用件でしょうか?」

 人を探して欲しいんです。おれはそう言った。

「まず、お断りしておきたい事柄が二点ございます。一点、弊社は、いかなる犯罪的、反社会的な行為にも加担いたしません。二点、ご依頼者様のご依頼内容の詳細を根掘り葉掘りお聞かせいただきます。その二点、ご了承いただけますか?」女性はあくまでも表情軽やかに、しかし断固たる口調でそう言った。
 

 言いよどんでいると、女性は口調を和らげ、「こういったご依頼の場合、ご依頼者様の事情は委細かまわぬ、というのが一般的なのかもしれません。しかし、弊社はご依頼者様の人格を重視しております。紹介制というのもその一環ですし、そしてそれは、仕事の成功確率を上げるためにも、また、コンプライアンスを保つためにも必要なことなのです」と言った。
 「……はい」

 女性はペコリと頭を下げた。「では、ご依頼様のお名前と生年月日、生誕地、現在の住所と携帯電話の番号をおっしゃってください。虚偽の申告が発覚した時点で、業務を中止させていただきますので、くれぐれも慎重に」

「はい」と言い、正直に質問に答えた。元よりウソをつくつもりもなかった。女性はおれの言葉を受けて、テーブルの上のマックブックにすばやく打ち込んでいった。

「それでは、今井様とお探しになっている方との関係をお聞かせください。
 少し考えた後で、おれは言った。「一度会っただけなんです」


          ☆ 

 

 おれは頭が悪く、運動神経も悪く、口が達者でも、器用でもなかった。団体行動にもなじめなかったし、顔が整ってもいなかった。そのくせ性格が良いとも言えず、他人に対する思いやりにも欠けていた。人が口に出して言えないことや、他人が嫌がること、言ってはいけないとされることも、思ったらすぐに口に出してしまった。そんなおれに優しく接してくれる同級生はいなかった。それどころか、格好のいじめの標的になった。教室に入ると、まず「カタパン」と言って、二の腕あたりを殴られた、「ジャマだ」と言って、ケツを蹴り上げられた、皮膚が青黒くなるほどつねられた。
 普通の人があたりまえにできることをできないだけで、同級生たちは、富士山から見下ろすような態度を取った。プラス、親のかたき以外には使用しないような罵詈雑言を吐くのだった。担任も当然のように見て見ぬ振りをし、プラス、好意的とは正反対の態度を取った。テストで答えが合っていても、バツをつけられていることがたびたびあった。それでもおれが何かを言い返すことはなかった。「あいつは何もできない(できるわけがない)」という印象に安住していたのだ。今になってみるとそう思う。

 中学も半ばを過ぎて、遅ればせながらやってきた成長期が、おれの色々を書き換えていった。宝くじが当たった人のように、すべてが変化した。身長が伸びた。毛深くなった。顔の彫が深くなり、声が低くなった。小学生の頃わからなかった勉強のコツがわかるようになった。それにともない慎み深くなった。自分の立ち居地を少しばかり俯瞰して捉えられるようになった。自分のことながら、何かに似ている、と思った。童話。アンデルセンの童話。醜いアヒルの子。でも、あの話と違うのは、おれはおれと似た集団を見つけに別の世界には行かなかったことだ。
 

「それは何年前のことですか?」と女性は言った。

「たしか、二十五年前だと思います」
「二十五年前。季節は?」
「クリスマスイブでした」
「探している方は、どんな方でしたか? 年齢、職業、身体的特徴、趣味嗜好、信仰、家族構成、しぐさ、どんな些細なことでも構いません」
「リバーサイドタワーに住んでいる男性でした。年齢は二十代後半から、三十代の前半くらいでしょうか。髪の毛は比較的長く、こげ茶色で、パーマをかけていたのかな。高そうなスーツを着ていました。少なくともサラリーマンには見えませんでした。身長はどれくらいなんだろう。当時は大きく見えたのですが、おそらく平均的な日本人男性か、あるいは少し小さいくらいだと思います」

「他には?」
「思い出せるのはそれくらいです」
「この方とのご関係は?」と女性は言った。

「手を差し伸べてくれました」

「どのように?」

「同級生とのあまり好ましくない関係に介入してくれたんです」
「好ましくないというと?」
「イジられるっていうか、ちょっかいを出されるというか……」 

「……」言葉を選ぶようなそぶりをした後で、女性は言った。「なぜ、彼はそのようなことをあなたにしたのでしょう」

「……わかりません」

「彼との出会いはどのようなものだったのですか」 

「路上だったと思います。でも、どういう出会いだったかはあまり覚えていません。ぶつかったとかそういう感じだったような気がするのですが」
 おれは彼のしてくれたことを話した。 同級生の家に行ったこと、担任の家に行ったこと、それからクリスマスの成分について話してくれたことなどを。

「この方と会ってどうしますか?」と女性は言った。

「どうしたいんだろう」正直自分でもよくわからなかった。
「自分でもよくわからない?」

「いや、そうではないんです。とにかく、その方が今何をしているか、それを知りたいというのが一番で。彼に会って何がしたいとか、そういうのではないんです」

「以前助けてもらった恩人の今の姿を知りたい。そういうことでしょうか」

「はい」 

「もし、彼に会えたら、嬉しいですか?」

「嬉しいです」

「本当に?」と聞かれた。

「本当に」と返した。

「素直に?」と聞かれた。

「素直に」と返した。

「わかりました」と言って女性は背筋を伸ばした。「本日より調査を開始させていただきます」

「はい。それで、あの、どれくらいの時間がかかるとかは、わからない、ですよね」

「それはお答えすることができません。数日で見つかる場合もあれば、一年も二年も、あるいはそれ以上かかる場合もあります。ですから期間は申し上げられませんが、お見積もりを一週間以内にご連絡いたします。お代は業務遂行後ということになっていますが、手付け金として、100kいただきます」 

「はい」
 おれは財布に手を入れて、お金を払った。
 お金を受け取った後、「何か気になることはありますか?」と女性は言った。
「あの」とおれは言った。「どうしてトリケラトプスに羽が生えてるんですか?」
「可愛いですよね」と言って、女性は微笑んだ。初めて業務以外の表情を見た気がした。
「というのは冗談で、空を飛ぶ三つの角というのが、創業者の信念なんです」
「信念?」
「ひとつ、先鋭を。ひとつ、尖端を。ひとつ、頂上を」
「……」正直、よくわからなかった。
「よくわからないですよね。ただ、私は、線や面でなく、大切なのは点である、という風に解釈しています」
 ふむふむ、とおれはうなずいた。
「他にご質問は?」
「ありません」
「 それでは、これで」
「はい」
 

 外に出ると、冷たい風が吹いていた。師走の風だった。 

 おれは彼女にひとつだけウソをついた。どうしてそんなウソを言ったのかよくわからない。たぶん、不誠実な人間と思われたくなかったのだと思う。

 彼に出会ったきっかけは、おれが彼に体当たりをしかけたからだった。当時のおれは、うまくいかない自分の世界の鬱憤を、大人にあたって解消していたのだった。大人が真剣に子どもに怒ったところで知れていた。頭は悪かったくせに、そういうところは抜け目なかった。というよりも、このろくでもない世界はその大人たちのせいで現出していると思っていたのだ。

 十二月二十四日


 女性から電話があって、再びあの建物に赴いた。入り口でボディチェックを受け、携帯電話を預ける。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 見かけよりも柔らかなソファに腰をかけた。三十畳ほどの応接室は、二度目とはいえ、まったく落ち着かなかった。翼の生えたトリケラトプスは変わらずテーブルの上で笑っている。サンタクロースの帽子をかぶって。

「今井様がお探しになっていた方の現在がわかりました」
「本当ですか?」と言った。言った後で、現在が、という言い方が気になった。

「はい。ところで、今井様は珈琲はお好きですか」

「はい。好きです」

「どうぞ」と言って女性は珈琲の入ったカップを渡してくれた。とても深い香りがした。手になじみがよく、口当たりのいい陶器だった。一口飲んで、珈琲をテーブルに置き、資料を受け取った。
 

 桜井時生、五年前に死亡。享年三十七歳。

「……死亡?」

「はい」

「間違いないですか?」

「はい。間違いありません」

「……そうですか」

「彼ですね」と言って写真を見せられた。たしかに見覚えのある顔だった。

「今井様の同級生の三人、山下亮、岩村靖、田所義人、それから当時の担任だった下田忠にもあたって確認を取りました。間違いなく、彼、桜井時生が今井様の同級生と担任教師に向かって訓戒を垂れた人物です」

「そうですか」

「桜井時生を死に追いやったのはアルコールでした。折からの法案による締め付けにまいっていたのもあるでしょうが、やはり決め手はアルコールの過剰摂取でした。妻子はなく、身よりもありませんでした。組織としては不名誉な死だったのでしょう。桜井時生の上司的な人物は、彼のことを遡って破門し、財産もすべて組織内で配分したそうです。彼の亡骸は火葬され、無縁仏として共同墓地に埋葬されています。こちらからは以上です。何か気になる点はございますでしょうか」

「お墓はどこにあるのですか?」

「はい。住所を言いますので、記憶してください」

「はい」

 おれは何度も何度も呟いて、言われた住所を暗記した。

「他に何かございますか」

「ありません」

「ご期待に添えなくて申し訳ありません」と言って、女性は頭を下げた。「今回は手付け金のみでけっこうでございます」

「ありがとうございました」と言って、おれも頭を下げた。

 携帯電話を受け取って外に出た。電飾がきらびやかに光り、道行く人たちを照らしていた。
 結局、彼にはもう二度と会えないのだった。おれは灯りの下をあてもなく歩き、自分に何ができるかを考えていた。



          ☆



 毎年毎年、よくもまあ飽きずに同じことを繰り返すもんだ。

 そんなことを思いながら、オレだってけっこう好きなのだ。暮れ行く年と、ピンと張り詰めた空気と、街の喧騒が。

 

十二月二十五日


 例年のごとくイブは飲みすぎて、起きて思う。どうしてオレは生きているのだろう、と。おえ。もう、何度ダメだと思っただろう。それでも不思議と生きている。何でオレはまだ生きてるんだろう?
 あったまいてえ。 胃薬を2種類、吐き気止め、頭痛薬、整腸剤を飲み下す。

 風呂に浸かりながら、回復の呪文を唱える。
「復活!」
 ウソだ。そんな呪文があったなら、僕はこんな人生を送っていない。時間よ過ぎろ、時間よ過ぎろ、と願う以外にできることなんてない。ああ、気持ち悪い。

 風呂から出て、ベッドに横になり、死んだように目を閉じる。そのまま死んじまえたらいいのだけれど、そういうわけにもいかない。なかなか眠れない。が、いつしか眠り、短い死の後に目が覚める。完全とはいえないまでも、胃が復活を遂げている。頭の中の鳥も飼い慣らせている。さあ、飯を食いに行こう。服を着替えて部屋を出て、エレベーターに乗った途端に何かを思い出しそうになり、何だろうと考えているうちに一階につき、箱から出て、エントランスを抜けて、道に出て、ああ、何年か前に、ここでタックルされたな、と思い出した。

 オレのことをサンタとか呼んだガキだった。あのガキは何をしているだろうか? どれどれ、このサンタさんが少年の成長でも見物しに行くか。駅前の立ち食いそば屋で腹ごしらえをした後でそう思ったのだけど、はて、どうやって彼を探そうか。

 ああ、あの担任の先生に聞けばいいか、と思ったが、あの男がどこに住んでいたのか、覚えているようで、正確なことはわからなかった。ガキひとり探すのも大変なんだな。つまようじをくわえて歩き出す。無意識のうちに手がタバコを探していて、ため息をついた。

 だいたいあれは何年前のことだったか。五年か六年経っている。あのときのガキも、中学生か高校生になってるはずだ。地道に聞いて回ろうにも、手がかりがまったくなかった。名前も知らない人間を探すのは容易なことではない。だから我々も人探しは外部に委託しているのだ。……やっぱりあの担任を探すのが一番早そうだ。

 腐りかけの記憶を頼りに住宅街を歩いて、歩いて、その家を発見した。ツイてる。というか、まだ頭がボケちゃいない証拠かもしれない。チャイムを鳴らし、鳴らし、鳴らしに鳴らすと、くたびれたおっさんが出てきた。

「あ、あのときの……」おっさんは開口一番そう言った。ドアを開けなければ良かったという落胆の表情が顔に浮かんでいるが、それでも僕に対して頭を下げた。それならという風に、僕は上からモノを申す。

「おう、先生。あんたはまだ教師やってんのか」

「はい」

「あのときのガキいたろ。イジメられてたやつ。あいつは今どうしてる?」

「ああ、今井翔太君。彼は今、高校三年生です。けっこうな進学校に通ってますよ。今井君は中学に上がって成績がぐんと伸びたんです。あのときあなたに言われたことが、私の中にずんと残っていまして、彼のことはそれから気にかけていたんです」
 そうだ、ショウタだ、と僕は思った。「そらけっこうなこった。ショウタの住所か連絡先って知ってるかい?」

「何か彼が問題起こしたんですか?」
 質問に質問で返すなや、と思ったが、「いや。プレゼントがあるんだ」と言った。

「プレゼント?」

「ああ、今日クリスマスだろ」

「はあ。そうですか。ちょっと待ってくださいね」

 しばらく待つと老教師が戻ってきて、住所と家の電話番号を教えてくれた。僕はそれを携帯電話に登録し、「ありがとう。先生も改心したみたいで安心したよ。せいぜい定年までは健康に生きて、良い人間を育んでくれよ。メリークリスマス」と言い、去った。
 

 これで会えるかと思ったが、そうは問屋がおろさなかった。今井翔太の家の電話には誰も出ず、足を運んだ家にも誰もおらず、あちらこちらで話を聞いて、やっとのことで手がかりを掴み、そこにいるはず、という進学塾に足を運んだ。受付の女に息子がいるので見学させてくれと言ったのだけど、ダメの一点張りだった。しかたなく終了時刻を聞いて、ヒマつぶしにパチンコ屋に入ってスロットを擦った。金を入れても入れてもまったく当たらなかった。機種が悪いのか? 店が悪いのか? オレが悪いのか? クソ。タバコが吸いたかった。ちぇ。当たりゃしねえ。 
 ……唐突に、昔の記憶がよみがえってきた。パチンコ屋の記憶だった。
 サヨが隣にいて、サヨの確変が一向に終わらないのだった。サヨの隣で僕もレバーを握るのだけど、僕の方はさっぱり当たらなかった。僕はしょうがなく、サヨの隣でひっきりなしにショートホープを吸った。
 店員がやってきて、「大変恐縮ですが、当店の規則といたしまして、ご遊技なさらないお客様のご着席をお断りさせていただいているんですよ」とか何とかわけのわからないことをぬかすものだから、「は? オレが今日この店でいくら使ったと思ってんだ? つうか今、お客様って言っただろ、オレのことを客と認識しているのに座っちゃダメってどういうことだ? 客が座っちゃダメなら、誰が座るんだ? 友だちか? おい、遠隔か? おお? つうかおまえ、日本人か?」
「申し訳ありませんが、規則でして」と店員は言った。
 サヨがじっと僕の顔を非難をこめた目で見ていた。「……いや、冗談だよ。すまんすまん。立ちゃいいんだろ」と言った。「ったく、いい商売だよな。じゃあ、あっちで待ってっから」

 五時間が経過した。
 結局サヨの台は閉店まで出っ放しだった。何なんだ。一体。
「おまえ、何か憑いてんじゃねえの?」と僕は言った。
「もう当たるな。もう当たるなって思ってんのに当たっちゃうんだよね。ごめんね。でも、もうやめようって言ってるのに最後まで打てって言ったのは時生でしょ?」

「だってもったいねえじゃん」

 クリスマスイブがサヨの誕生日で、そして、命日だった。いや、正確に言えば行方不明になった日だった。蛇の道は蛇。彼女を探すために組織に入った。でも、何の手がかりも得られなかった。僕は組織の中で出世していった。目的と手段が逆転してしまったのだ。
 それでも彼女のことは忘れられなかった。それどころか、毎年、毎年、毎年、毎年、この季節が来るたびに再生産されるのだった。街中が彼女を祝福するように着飾り、そして人々も彼女を祝福するように微笑む。日本中で。キリスト教圏で。僕は一年でこの季節が一番嫌いだ。一番嫌いで、一番愛おしいのだ。
  

 ちっとも当たらないスロットを切り上げて、塾に戻った。しばらく待つと、ガキどもがわらわらと出てきた。その中にあいつがいた。目元以外すべてが変容したあいつが。

 あのクソガキが、半袖半ズボンでさみいさみい言ってたやつが、細身のチャコールグレイのパンツにこげ茶色のブーツを履き、紺色のピーコートを着て、柔らかそうな赤いマフラーを巻いて凛と歩いていた。
「あいつ、オレよりでかくね?」 

 何が何だかさっぱりわからないが、僕は泣きそうになっていた。今すぐあいつを抱きしめて、頭をなで、小遣いを渡して、一緒に酒を飲みたい気分だった。が、踵を返して街に向かった。自己満足という自分へのクリスマスプレゼントにはもう充分だった。

 なじみの店を何軒か回り、はしゃぎにはしゃぎ、酔いに酔い、へべれけへべれけ帰宅した。水を一杯飲んで、歯を磨く。服を脱ぐ。ベッドに飛び込んだ。にやけてしまうくらい、これから訪れる睡眠が待ち遠しかった。


 僕には何もわからない。この世界の成り立ちも、今後のことも。それでもわかることは、クリスマスが幸せの象徴だということだ。あの強欲なスクルージじいさんだって救われたんだ。ろくでなしの僕が救われないとは限らないだろ?

「メリークリスマス」

 僕はそう呟いて、灯りを消した。


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