IMG_9208

アダム・スミスさんという、経済学の父と呼ばれるスコットランド人がいます。
「国富論」を著した、という表層的な知識を中学で習いましたが、彼の言葉に「価値」というものがあります。
value。ヴァリュー。
野原に一本のリンゴの木がある。野原を歩き、そのリンゴの木に登り、実をもいで、帰ってくる。これがリンゴの価値である、という風にアダム・スミスは言いました。
この考え方(労働価値説)が、現代における労働に対する対価というものの基になっています。

翻り、我々はどうでしょう? 
期待値スロッターは駅前の一等地に居を構えるパチ屋に行き、パチ屋内をくまなく歩き、期待値のある台に座り、期待値のなくなった台から立ち上がり、帰ってくる。

期待値スロッターの行動に価値はありません。
なぜなら、得られるものがリンゴでも、現生という実弾でもなく、「期待値」という、想像上の果実に過ぎないからです。期待値スロッターはどこまで行っても「期待値」という架空の果実しか得ることができない。これでは価値にはなりえない。価値にならない以上、労働にもならない。
しかし、文学的に言うと、この価値があるんだかないんだかよくわからない、想像上の果実を求める行為こそ、人間がなしうる行動の中で、最も尊いものであります。

とはいえ、「期待値」は、そこまで空想的なものでもない。もっと言えば、負けないレベルくらいまでは、ほとんど誰でも持っていける、という特性がある。ということは、それは、限りなく価値に近い何かである、と言える。そして、数学的厳密さで、その価値に近い何か、すなわち「期待値」は、現金に変化します。
ということは、期待値を追う行為、すなわち勝つためのギャンブルは、限りなく労働に近い行為である、とも言えてしまう。ですが、言うまでもなくその源泉は、他者の現金であります。

人の夢と書いて儚い。
その夢の残滓が期待値です。すなわち期待値追いは、夢追い人の死体拾いみたいなものです。その意味で、期待値を追うとは、嫌悪感を催すような行動論理でもある。
文学で最も下等とされるのは、何かを期待することです。
つまり、「期待値」を追う行為は、労働の価値からしても、文学の理想からしても、程遠い行動である、と言えるでしょう。
ですが、それらすべてを楽々と呑み込んで、堂々と玉座に座る「モチベーション」があります。
「生」です。
to be or not to be,that is the question.
期待値を追うことと、死んでしまうこと、どちらが正しいかを論理的に(つまり感情を抜きにして)判断するのは難しい。生きること、生きていくためにすることとして、たとえば犯罪に比べれば、ずっとマシである、という相対的な見方もできる。

期待値追いの自己肯定に足る唯一の足場は、ギャンブルが自己責任である、ということです。パチンコ屋、その場にいるということが、バトルロワイヤルに参加する意思とみなされる。
「追剥が原へ蛍狩」(おいはぎヶ原へホタル狩り)という言葉がありますが、勝ちたいという光を求めてやってくる以上、そこで何が起きようとも、自分に責任がある。そこは悪党の巣窟、自分の身は自分で守るしかないのです。
とはいえ、そんな期待値ヶ原でも、すべてが許されるというわけではない。

年末にスロットを打っていて、久方ぶりに掛け持ち遊技をしている若者を見ました。冬休みにハイエナを覚えた学生なのかな? でも、ぼくには打っている台があったので、文句は言えません。ですが、これは明確なルール違反なので、とりあえず店員に念を送ってみました。が、彼らはなかなかぼくの念に気づいてはくれません。念を送り続けること数分、ようやく店員も気づき、しかし店員はぼくに影響を受けたのか、はたまたシャイなのか、客には何も言わずに目線でヤメロ、と念じはじめました。マジかw と思いましたが、どうやらその若者も店員の目線に気づき、そそくさとトイレに行き、数分後に何事もなかったかのようにAT中の台に戻りました。誰も喋らず、誰も傷つかずに事態が収まる。そんな空気を読み合う日本的な解決で良かったな、と思いましたw

グレーゾーンだらけのこの世界ですが、ルールはあります。ただ、声の大きい人間が分け前にありつきやすいように、ルールを破る人間が得をしやすいこともまた、事実なのですね。
そもそも、一部の客が店長とつながっていて、設定を教えてもらっていたとしても、ぼくら一ユーザーにはどうにもできません。たとえばメーカーの開発者が台の未発表の特性を利用してお金を稼ぐことを、ぼくら一ユーザーはどうにもできません。というか、そのような曖昧な世界だからこそ、棲息の隙間が生まれるわけです。
ただ、そうなってくると、店のルールを守るかどうかも含めて、ルールを決めるのは自分しかない。価値なんてどこにもないし、労働でもないけれど、少なくともルールだけは自分で決めるしかない。

ルール

1、なるべく他人と争わない。ぶつからない。ガンのくれあいとばしあいをしない。

2、店員にえらそうな態度を取らない。

3、しんどくても、悲しくても、きつくても、また、嬉しくても、表情には出さない。

4、ワンショットオポチュニティの徹底(1回のシャメポイントでは、撮影はなるべく1回)。

禁止事項

1、お金やお金の入っているカードやコイン、および、景品や財布を拾うこと。

2、逆にそれらを、またはスマホやカチカチくんを落とすこと。

暴走族の「クスリ厳禁」「女人禁制」みたいなものです。
きれいごと吐きすぎワロタ、と思われたとしても、させん。少年ジャンプ的に理想主義者なので。

IMG_1851
週間我評第五十週「スロッターの価値」

パチ屋の状況は悪くなる一方ですが、行けるところまでがんばろうと思います。そして、たとえ滅びの日がやってきたとしても、そのことを書き残したいと思います。押忍。

さあ、今日もパチ屋へ。

よろしければポチを

ブログランキング・にほんブログ村へ 

人気ブログランキングへ