DVC00171

まえがき

     トン、トン、トン(仮)


 守銭奴みたいな機械から、コインがジャラジャラ落ちてくる。
 コインを投入口にダラララララと入れる。レバーをオン。トン、トン、トン、とボタンを押す。レバーを叩く。トン、トン、トン、とボタンを押す。レバーを叩く。トン、トン、トン、とボタンを押す。レバーを叩く。トン。リールが滑って手が止まる。残りのボタンをトン、トン、と押して、ボーナスが確定する。コインを入れる。トン、トン、トン、と目押しする。


 BONUS GAME START !


 振り返れば僕には選択肢が二つあった。生きるか。死ぬか。デロデロ、デン。

「生きる」

 とりあえず選択はした。でもその後に続く無数の選択肢を前にすると、頭痛、吐き気、その他うんざり要素でいっぱいで、リールにはできる直視ができなかった。

 いいさ。とにかくパチンコ屋に行こう。コンビニでタバコを購入し、ぷはあ、とやった。ムがつくほど美味しかった。喜ぶ脳に澱む肺。その頭で本当に僕に選択肢なんてあったのだろうか? と考えた。パチンコ屋に入る頃には思考は消えていた。おまけに運だけで勝ってしまった。まずい、これはまずい兆候かもしれない、と思った。でもすぐ忘れた。寝た。起きた。長い時間が過ぎていた。


 日常は繰り返す。くるくるくるくる繰り返す。朝、起きる。水を飲む。排泄行為の後で歯を磨く。店からのメールやブログをチェックする。その日の職場を決定し、向かう。コンビニでおにぎりかパンを買う。食べながらパチンコ屋に並ぶ。入場時間になる。
 勝負開始。コインサンドに紙幣を投入し、出てきたコインを台に投入する。スタートレバーをリズミカルに叩き、ストップボタンを押す。いつしか夜になる。その日得た景品を現金に交換する。負けることもある。勝つこともある。食事を取り、帰宅する。眠る。そしてまた朝が来る。日常は繰り返す。くるくるくるくる繰り返す。

 

 僕が過ごす日常は、果たして日常と言ってもいいのだろうか?
 心苦しいが、言う。パチンコ屋にいる人間はろくでなしばかりである。もちろん僕もそのひとり。どうもはじめまして。クソヤロウです。

 僕は人種差別はしない。そんなのはただの地理、歴史、環境の差に過ぎない。黄人だろうと白人だろうと黒人だろうとナメック星人だろうとなるべくしてなっている。優劣ではない。男女の差異もしかり。が、賭場に好き好んで来る人間は、どこの誰であれ、性別がどうであれ、趣味嗜好がどうであれ、何らかの欠落を抱えていることを確信している。だから何だということはない。単なる事実だ。弱者は御しやすい。だからギャンブル産業はどこでも儲かる。国が独占することも多い。単なる事実だ。事実、僕たちは、確率の奴隷である。


 毎日を確率に支配された生活をしていると、選択肢に対して神経質になってしまう傾向がある。靴下をどっちからはくだとか、スロットを叩く手は利き手なのか、または逆か。トイレに立つタイミングまでも。ほとんどオカルトである。オカルトを全否定できるだけの理性はない。だって僕、ギャンブル中毒なのだもの。
 

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 僕には休日という概念がない。一年三百六十五日、身体が動く限り、どこかしらのパチンコ屋にいる。

 知人はいるが、心を許す友人というのはいない。むしろ名前を知らないことの方が多い。で、お互いの利益になる情報だけをやり取りする。戦国時代の人間関係みたいなものだ、と言えば、聞こえはいいが、要は信じられる人間がいないということだ。

 商売道具はお金(主に千円札、近頃は一万円札)。それから会員カード、小役カウンター、スマホ。以上。財布は持たない。落とすリスクを考えたらないほうがマシだ。カードケースさえあれば事足りる。

 毎晩風呂に浸かる。夏でも浸かる。寝る前にストレッチをする。一時半に眠る。特別なイベントでもない限り、八時半に起きる。


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 僕は人間関係が苦手である。が、自分を律するのは苦手ではない。そんな自分にスロット生活はぴったりだった。ギャンブル中毒とはいえ、俺は今ギャンブルをしているぜ、ハアハアハア、ということはない。世間から見れば一緒だろう。でも、僕は、自分のしていることを明確に言える。

 スロットで勝つ。それは例外的な運不運を削除した中間層の積み重ねである。 
 ということで、僕が信じているのは「確率論」だ。

 その宗教に人情はない。だから僕は何があっても自分を責めない。 確率という非人情的なものを信頼し、人情や捏造を疑う。こちらが人情を出す必要はない。

 僕の教義にはところどころ矛盾がある。それは自分でも思う。やや希望的観測に近い部分もある。確率をどこまで追っても、結果とイコールにはならない。確率は神かもしれないが、神に近づけるとは思っていない。バベルの塔を建設していた頃の人間ならいざ知らず、僕にできるのは試行回数を増やすことだけである。

                     

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 どうも。「書くこと、賭けること」の寿です。こんなところに作者が現れるのは、これ、面白いか? という不安からである。
 ぼくとしては、けっこう面白いと思う。というのも、彼はぼくの知る限り、最も品行方正なスロッターだから。シャイでマジメなのだ。というわけで、いつまで経っても自己紹介をしやしない。なので、彼のプロフィールをぼくから紹介させていただく。だったら最初から一人称じゃなく三人称で語れ、と思われるかもしれないけれど、そこはぼくの実力不足です。すみません。
 ともかく、彼の名は山村ナニガシと言い(名前は忘れた)、パチンコ屋の中では、黒メガネとか、ガリガリ、と呼ばれている。汚い格好を嫌い、いつも襟のついた服を着ている。スロッターには珍しく、髪も月に一度はきちんと切っている。東京生まれ、パチンコ屋育ち。目押しはそこそこ、立ち回りの腕は普通。新台には手を出さず、旬を少し過ぎた台が好み。性格は臆病で、曲がったことが嫌い、というよりも苦手。いつだったか、景品交換所のおばさんに数千円多く渡されたときなどは、つき返したような性分である。彼女は7年ほどいない。というか、そのとき別れた彼女をいまだに引きずっている。ぼくとは違い、元来性欲が乏しいらしく、スマホで見るエロ動画だけで充分と考えているらしい。趣味は特にない。年がら年中パチ屋にいるため、別に趣味を持つ必要も感じていない。しいて言えば、タバコ。酒はほとんど飲まない。何が楽しくて生きているのだろう? と思ってしまうが、世の中にはこういう人もいるのだ。
 寿さんよ、いったいいつになったら物語がはじまるのだ、とお思いのみなさん。お待たせしました。物語はここからはじまる。  

                     

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 そういえば、ネットで悪口が書かれてましたよ、とホールでたまに話す常連客のひとりが言ってきた。

「誰でしょうね。書いたの」

 そうなんだ、と言いながら、僕はホールのトイレに向かった。個室に入り、言われたサイトを開いてみる。

 ……

 時が止まったような気がした。何かが体にのしかかってきたようだった。重い、それはあまりに重い質量を持っていて、僕を取り巻く重力が変わってしまったみたいだった。言葉たちが踊って見えた。尖ったものが肉体をすり抜けて心に刺さった。刺さったトゲを抜きたいのだけど、抜き方がわからない。しょうがないので解読しようと試みた。
 

 僕のタバコの吸い方は気持ち悪いらしい(口を尖らせているらしい)。僕は店とグルらしい(つまりサクラらしい)。報酬は一日一万二千円らしい。店からしたらマジで重宝しているらしい。僕のメガネの持ち上げ方を他人が見ると、それだけでイライラするらしい。スロットの打ち方も気持ち悪いらしい。細っこい腕と、それから首の骨を折りたくなるらしい。死んでほしいらしい。

 僕はトイレから出て、微妙だった台を切り上げ店の外に出た。

 そうだ、京都に行こう、と思ったのはCMのせいじゃない。CMのせいかもしれない。何しろ旅行なんて高校の修学旅行以来なかったものだから、京都しか思い浮かばなかったのだ。

 着の身着のままで東京駅まで向かって新幹線に乗った。ガラガラとカートを押す女性販売員からサッポロ黒ラベルとチータラを買った。それを飲んだ後、眠ったり起きたりを繰り返した。富士山が見えるかなと思ったのだけど、どこで見えるのかを把握していなかったので、見ることは叶わなかった。「まもなく京都です」という声で起きた。思ったよりも近かった。

 旅行といえばまずは宿を取るものなんだろうけど、どうやって取ればいいのか、また、どんな宿がいいのか、そういうことがさっぱりわからなかったので、とりあえずタクシーに乗って繁華街まで連れて行ってもらった。河原町というところで降ろされた。そのあたりをプラプラ歩いていると、マンガ喫茶が見えたので、これで宿が確保できたと喜んだ。といってすることも思いつかなかったから、とりあえずビール式にパチンコ屋に入ることにした。打てそうな台を探してみたが見当たらなかった。何軒かめぐった。そのうちに、何をしているんだ、てめえは現実から逃避したくて京都まで来たのではなかったか? これでは普段と変わらないではないか。

 唐突にさびしくなった。昨日までの自分に戻りたいと思った。でもそれが不可能なことは、スロットで生活している僕が一番よく知っているはずだった。時間はまき戻らないのだ。ギャンブルのど真ん中には「不可逆性」という真理が大いばりで居座っているのだ。失くしたお金は戻ってこない。こんなときだけギャンブラー気取りの自分が嫌だった。何が中間層の積み重ねだ、試行回数だ。だいたい偉そうなんだ。このひょろひょろの黒メガネが。
……

 黒ぶちメガネを外してポケットに入れた。目の前がぼやけて吐き気がした。印象派の画家が描いたようなぼやけた遠い街を僕はただ歩いた。そのうちに疲れてメガネをはめて、牛丼屋で牛丼を食べてマンガ喫茶に入った。旅行って何をすればいいんだろうか? と思っているうちに眠っていた。

 起きて、外に出て、タクシーに乗った。

 京都駅に着いた。お金を払って外に出た。適当に電車に乗った。何線とかはよくわからないし、どこに向かうのかもわからない。窓の外の風景を見ていると、都会に向かっていないことは確かだった。山を越え谷を越え、川が見えたので、そこで降りてみた。そこにもパチンコ屋があった。善男善女がパチンコやスロットを打っていた。打てそうなゲーム数の台を数台擦る。等価ではなかった。二千円勝ち、タバコとお菓子をもらった。

 再び電車に乗った。どうやら電車は北上していた。西舞鶴という駅で降りた。パチンコ屋が見当たらなかったので、何だかレトロな電車に乗ってみた。

 天にかける梯子、と謳われた日本三景の近くで宿を取ることにした。一泊二食で八千円。旅館、浴衣、部屋内での食事。体験したことのない種類の感情がわいてきて、なかなか眠れなかった。夢うつつのまま朝食を取ってすぐ出発した。
 適当な電車に乗って適当な駅で降りる。パチンコ屋を探す。入ってみる。そうしてまた電車に乗る。兵庫県に入った。鳥取県に入った。パチンコ屋に入った。どこにだってパチンコ屋は存在した。知らない駅を降りてパチンコ屋を発見したとき、騒音の中に身を浸しているとき、僕の心は落ち着いた。

 何かが変だと思った。でも、気づかないふりをした。あるいは僕は死に場所を探しているのかもしれなかった。そんなネガティブな衝動を、パチンコ屋の存在が押し留めていた。アンビュギアスでアンビバレントな僕は移動を続けた。服を買い、服を捨てた。お金がしだいに減っていった。

つづく 

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