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anywhere out of the world シャルル・ボードレール

この世界以外なら、どこでもいいってばよ

精神と時の部屋での生活1

精神と時の部屋での生活2
精神と時の部屋での生活3
精神と時の部屋での生活4
精神と時の部屋での生活5
精神と時の部屋での生活6
精神と時の部屋での生活7
精神と時の部屋での生活8

電車に乗るのは久しぶりな気がした。実際、久しぶりだった。
座席に座っている人、人、人、人、立っている人、ぶつぶつ言っている人、付き合って間もないのか、もはや前戯だろ、というくらい指と指をクニャクニャ絡ませているカップル。
ぼくにもしも力があれば、とぼくは思う。この東京という世界有数の大都市の、血脈たるJR山手線に乗っているぼくに、もし力があれば、この電車を宙に浮かばせるのに。
そしたらみんな、驚くだろう。だけどぼくは自分が浮かせたということを隠し、驚いた振りをするのだ。
「おいおい、何で電車が浮くんだよ?」という顔で。
「おいおい、何で電車が浮いてんだよ?」と誰かが言う。
「ぼくが飛ばしたんだよ」と言っても誰も信じないだろう。そのうち驚いた振りも飽きてくるだろう。じゃあ、電車を飛ばしても、しょうがなくね? うーむ……
そんなわけのわからないことを考えているうちに、目的の駅に到着する。漫然と改札口に立つぼくに話しかけてくる人間はいない。

「お久しぶりです」と友人は言った。
どうして彼はぼくに話しかけてくるのだろうか? それは、ぼくたちが知り合いであり、かつ、待ち合わせをしたからである。そんなあたりまえのことがあたりまえでなくなっているぼくは、少々、おかしな人なのだろう、と思う。
「ういっす」とぼくは言った。「どこいこっか?」
「何かいいとこ知ってますか?」
「Kは?」と以前通ったコジャレたカッフェーの名を言っていた。
「じゃあそこで」
ぼくたちは店に入り、そして、ヒューガルデンホワイトの生で乾杯した。ほどよく漬かったザワークラウトを食し、カリカリのベーコンと肉汁したたるソーセージを食し、ホワイトビールをぐびぐび飲んだ。
彼との会話を、ぼくはほぼロボットのようにこなしていた。コミュ力たけーと知らない人には思われそうなほど、ぼくはペラペラと、あることないこと適当に、喋っているのだった。
でもぼくは知っている。これがコミュ力の高さからの言葉でないことを。これは逃避だ。逃亡だ。ぼくは思考していない。ただ、漫然と、その場しのぎの言葉というカードを次から次へと切っているだけだ。
「最近何しテンスか?」と言われて、カードが尽きたことに気づく。
「自宅を守っテル」と言って、ヘラヘラ笑った。
「マジっすか」と言って彼は笑った。
「……」

……ああ、そうか。オレ、この期に及んでマダかっこつけてるんだ、と気づく。たしかにこの店は、悪くない。全然悪くない。このあたりの地価を考えれば、安いと言える価格帯だし、料理も美味しいし、酒のセレクトもよい。でも、今のぼくが来るような店では絶対ない。カーチャンの金で来るような店のはずがないのだ。
その後、誰が結婚して子どもができただの、誰が仕事でヘマをしただの、そんな通り一辺倒の近況報告を聞き、また飲もうぜ、ということで解散した。

風が冷たかった。帰る途中で知り合いの店に寄った。後二千円しかないんだけど、それで目一杯飲ませてくれまてんか、と頼んだ(てへ)。
「そうねえ、久々だし、オレのプライベート酒(ストック)を飲み放題にしてあげるよ」とマスターは言った。
「あざーっす」
飲んで飲んで呑まれて飲んで、したたかに酔ったぼくは、かつての知り合いに片っ端から電話をしていた。
出てくれる確率は1~2割くらいだった。
で、気づくと家で、トイレにこもって吐きに吐いたあと、その事実に気づいて愕然とし、履歴を消去した。

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
二日酔いと戦って、闘って、ピンクの象が見えそうなほどのたうちまわって白い部屋の中で思った。
たとえ山奥で生きていたとしても、人間関係から逃れることはできないのだ、と。そう、過去は消えないのだ。

この期に及んでまだ覚悟ができていないのだ、と痛感した。
ぼくは自分の好きな風に人生を生きてやる、と決めたはずだ。それを別の言葉で言えば、周りの人間から後ろ指を指される生き方、ということだ。
また別の言葉で言えば、他人に嫌われる生き方、ということだ。

覚悟とは、嫌われる覚悟だった。

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