短篇小説です。読んでみてください。



inspired by this song!


     クリスマスの灯り


 大きなものに包まれていた。雪が降ることなんて一度もなかった。クリスチャンではなかった。知り合いにもクリスチャンはいなかった。暖炉も煙突もなかった。それなのに街ではジングルベルの歌が流れ、購買欲を満たした人々は、家路を急いでいた。僕たちは暖かい家の中でケンタッキーのチキンを食べ、少しだけ装いの違う飲み物を飲み、CDデッキから流れるビング・クロスビーのホワイトクリスマスを聴いた。お風呂に入り、パジャマを着て、サンタさんが来ることを祈って枕元に靴下を置く。来てくれるかな……。一抹の不安がよぎるも、いつの間にか眠っている。起きると靴下が膨らんでいる。もらいたいものが入っていたことはなかったけれど、それはサンタさんからのプレゼントだった。


 十二月二十五日


 目が覚めた。ここはどこだ? としばらく考えて、ああ、オレんちか、と思った。頭の中で金属製の鳥が暴れている。気を抜くと胃から食道に向けて何かが競り上がってこようとする。立ち上がるとそれらの動きは倍加する。

 冷蔵庫を開け、水を飲む。もう限界だった。トイレに急ぎ、便座を抱えてすべてを吐いた。涙が出た。鎮まれ、鎮まれ、鎮まりたまえ。頭を振る。鳥は木製くらいに退化していた。深い息を吐く。トイレを流し、風呂のスイッチを入れて立ち尽くす。今日の予定を考える。何も思い出せない。ゆっくり水を飲んだ。トイレの便座に座り、もう一度深い息を吐く。

 風呂から上がって歯を磨く。ベッドに倒れ込む。眠りに落ちる。これっぽっちも夢は見なかった。 

 目が覚めた。ただ時間が過ぎていた。まるっきりの空白。死んでいたみたいだ。小一時間の死。それくらいの死ならいいか。そう考えながら立ち上がる。二日酔いの酷い状態は脱していた。ただ胃が重い。

 窓の外を眺めた。街はクリスマス一色だけど、歩く人々のクリスマス気分は消えている。あるのはただ年末のせわしなさだ。そんな考察に気分が滅入る。シャンパンが飲みたかった。携帯を取って、メールの送受信履歴をすべて消した。だってへこむだけだから。酔う。気分の肥大。寂しさの送信。多分返信はない。

 とにかく着替えて外に出よう。何か腹に入れなければ。
 

「今までで一番素晴らしいクリスマスはいつだっただろう?」
 多分、二つある。
 あの頃、親の庇護のもと、自覚などない幸せな夜。
 高校生の頃、初めて異性と過ごした、自覚しかない幸せな夜。
 どちらがより幸せだったかを考えているうちにエレベーターは一階に着き、僕はエントランスを抜けて外に出た。

 師走の風が吹いていた。
 突然、後ろから誰かがぶつかってきた。僕は真っ直ぐ歩いていた。足がふらついたわけでも、急に立ち止まったわけでもないので、この被害者意識は正しいと思う。まあ、相手もわざとではないだろう。急いでいてつまづいたか何かだろう。聖なる日だ大目に見よう。再び歩き出そうとすると、「こるぁ、待て、こるぁ」と巻き舌で加害者のはずの誰かがおっしゃった。

 僕は足を止め、振り向き、加害者と正対して驚いた。彼はまだ小さな子どもだったからだ。

 冷たい風が吹いていた。
 めんどくせえな、と思いながら「どうした?」と聞いた。

「あんた、サンタさんだろ」

「は?」

「おれ、聞いたんだ。あんたがサンタさんだってことを」

「誰から聞いたのかな?」と僕は言った。クソめんどくせえな、と思いながら。

「おまわりさんに決まってんだろ」と少年は言った。「そういうことは全部おまわりさんが教えてくれるに決まってんだろ」

「おまわりさんってどこのおまわりさんかな?」

「あんたさっきから質問しかできねえのか。それより出すもん出せよ。出すもんをよお。ほら、出すもんだよお」

 僕は大人気ないかな、と思いながらも少年の顔を睨んだ。殺すぞ、ガキ、という気持ちを込めて。
 けれどガキは全然めげず、こんなことをぬかした。「出せよ。早くしろよ、こっちも寒いんだからよお」

 なんだコイツ……。
 よし、と思う。無視しよう。僕はすたすたとその場から歩き出した。年末というのは嫌なものだ。変な輩が横行する。まあ、師匠が走るくらいだ。弟子がテンパるのも無理はない。よいよい。オレは気にしない。早く飯を食おう。何を食おう。やっぱり蕎麦か、それとも牛丼かカレーか……。うーむ。

「おいコルァー」

 僕はよろけてしまった。倒れそうになるのを踏ん張った。信じられないことに、少年は僕の臀部に強烈な一撃を、まるでタイキックのスペシャリストのように決めてきたのだった。

「おい、サンタ。てめえウソつきかよ。ウソをつくつもりかよ。てめえ、このやろう」

「わかった。元気な君にプレゼントをあげよう」僕はそう言った。「その前に、君の親御さんに会わせてくれるかな。君の望むプレゼントをあげられると思うから」

 こんなクソガキに足蹴にされた。……こんなに腹が立ったのはいつ以来だろう。ははははははは。腹が立ちすぎておかしくなってきた。冷静に、冷静に。そう努めた。

「よし。じゃあ、着いてこいよ」

 素直じゃないか、と思いながら、すたすた歩くガキの後ろについていった。ガキはキャラメル色のコーデュロイの半ズボンに、ラコステの紺色のポロシャツ。長袖ではなく、半袖である。そしてくるぶしまでソックスに、靴はアディダスのピンク色のスニーカー。この真冬に何を考えているのだろう? 寒いって? あたりまえじゃないか。

 

 数分後、「これが、おれの両親だ」と言って、彼は立ち止まった。彼の目線の先にあるのは小さな二体の石像で、詳しいことはわからないけれど、たぶん道祖神的な石像だった。

「あいさつしろよ」とガキは言う。「ほら、早く」

 僕は狐につままれたような顔のまま、「こんにちは」と言った。石像は黙ったまま、前を向いて微笑んでおられる。

「で、プレゼントは?」とガキは言う。

 まずい、と僕は思う。芽生えた殺意をどうしても消せなかったからだ。何かないか、何かないか、何かないか、とドラえもんが四次元ポケットから道具を探すように頭の中から何かを引っ張り出そうとした。

 ふと、あるプロゴルファーが、「怒りは九十秒しか持続しない」と言っていたのを思い出した。だからその時間さえ我慢できれば必ず怒りは抑えられるのだ、と。それだ、と思う。僕は心の中で数を数えることにした。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、

「サンタ。おい、サンタ」

 無視だ。無視。17、18、19、20、21、22、23、24、「おい、サンタ」無視。「おい、サンタ」「おい、サンタ」無視……

 そのとき、遠くから聞こえてくる声があった。

「お、ショウタじゃん」

「ショウタだ」

「おーい、ショウタ。てめえ、何やってんだあ?」
「またぶっ飛ばされたいのか」
「逃げんなよ。おい」 

 少年は、途端に後ずさりし、この場から離れようとする。もしや、と僕は思う。「おい、少年、もしや君は彼らにいじめられているのかね?」

 少年は下を向いたまま、声を震わせながら「サンタには関係ないだろ」と言った。

 僕はにんまりと笑い、大きく口を開いた。

「よし。サンタがプレゼントをやろう」

 辺りを伺う。人気はない。家々やマンションの窓、あるいはベランダ、どこからも誰からも見られていないことをぱぱぱっと確認する。それから僕は、ゆっくり近づいてくる三人の少年ギャングたちに向かって言った。

「オイ」

「だ、誰だよ、この人」少年ギャングの一人がヒヨったのを僕は見逃さなかった。

「おら、このクソガキ、ちっと来いや」

 逃げ出すガキどものひとりを取り押さえ、トラウマになるくらい顔面を近づけクンロクをいれた。そして坊やの家まで行き、親を呼んだ。僕は善意の第三者として、冷静に状況を伝えた。冷静に、冷酷に、冷淡に、事実を述べた。事実が数倍膨らんでいたとしても、それはご愛嬌である。終始、ショウタという少年は神妙な面持ちで下を向いていた。怯えた表情の母親に「二度といじめはしない」という誓約書を書かせる。それから仲間を白状させ、同じことを繰り返した。こうやって見てみると、いじめっ子どもは、普通の家庭に育った普通のガキである。根は深い。三人分の誓約書を手に、担任の家に向かう。担任の教師は四十代半ばの何の特徴もない男性だった。

「すいません、状況を把握していませんでした」と担任は言った。

「嘘つけ」と僕は言った。「もしそれが本当なら、今スグ辞表を書けよ。あんたまったく教師に向いてないから」

「……」

「あ、それからな、ショウタが標的じゃなくなるかもしれないけど、いじめ自体がなくなるわけじゃない。が、あんたさえしっかりしていれば、少なくともクラスの中でのいじめはなくせる。本当だぞ。子供があんたをなめるのは一貫していないからだ。一貫した言動さえしていれば、あんたをなめる人間はいなくなる。今からあんたが変われるかどうかなんて知ったこっちゃないが、もしまた同じようなことが起きたら、オレは何度でもここに来るからな」
 

 担任にも誓約書を書かせた。内容が問題ではない、自分の手で書いたという事実が大切なのだ。人間、案外、約束は守ろうとする生き物だ。やるときは徹底的に、反抗の芽を刈り取るくらい徹底的に。いつものことだ。

 いつの間にか夜になっていた。帰り道、ずっと黙っていたショウタが口を開く。

「おい、サンタ。あんたいったい何なんだよ?」

「サンタだよ」と僕は言った。

「もしさ」とショウタは言った。「もしおれが悪いやつで、あいつらがおれを罰することが当然だとしても、助けてくれた?」
「……助けただろうな」
「何で?」
「おまえがひとりだからだ」
「おれのほうが悪いやつでも、だよ?」
「どんな理由があっても、大人数対ひとりだったらサンタはひとりの味方をする」
「キレイごとだね」
「そりゃそうだろ。今日はクリスマスだぜ? クリスマスの成分の100%はキレイごとだ」
「サンタって悪いやつだったんだね」そう言ってショウタは笑った。

「悪いって何だよ。人聞きの悪い」
「ありが……」
 小さくそう呟くと、半袖半ズボンのショウタが走り出した。ぴかぴかと光る一年に一度のよそ行きの光の渦に向かって。

 

 ……さすがに腹減った。まあいいや、とりあえずビールを飲もう。馴染みの蕎麦屋に入り、板わさと瓶ビールを注文する。
…… 

 一口目のビールはたまらなくうまかった。メリークリスマス、と呟いた後、コップの中の液体を飲み干した。

 

 ブログランキング・にほんブログ村へ 
人気ブログランキングへ