仮説と確率のラボラトリー

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まえがき
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 仮説③

「狭い国土にたくさんの人間。それってけっこう合理的なのかも」




 某ファミリーレストラン。少しクーラーが効き過ぎ。

 今日は私のおごりだから、と言ったにもかかわらず、二人は別段いつもと変わりばえのしない、低価格の料理を頼んだ。

 彼らは私のように、おごると言われるだけで目の色が変わってしまうような人間とは根本的に違うのだった。
 

「発表があります」と、普段よりも大きな声でコウタが言った。

 いきなりだったので、私は口の中にチーズ入りハンバーグが入っていて、「んむ?」という変な音が口から漏れてしまった。

「オレ、女の子と同棲することが決まりました。はい拍手」

 え? という顔をしながらも、素直に拍手するタホを見て、胸が痛んだ。

「どういうこと?」と私は訊ねる。答えはもちろん知っているのだけど、問わずにはいられなかった。

「前言ったじゃん。その子に告白したんだよ。で、オレの特攻をその子は受け入れてくれてさ。その子と一緒に住むことにした」

「良かったじゃん」とタホは言った。

 感情がこもっているようには聞こえないが、タホなりに祝福しているのだろう。だけど……

「でさ、タホ、わりいんだけど、荷物まとめておいてくれないか?」

「は? あんたそんな大切なことタホに言わずに決めたってこと?」

「悪いとは思ったけどさ」

「タホは? タホはそれでいいの?」

「まあ。しょうがないよね」

「は?」

 私はむしろタホに怒っていた。ずっと一緒に住んでいたんでしょ? 何でそんな横暴を許す?

「そういう問題じゃなくない? で、コウタどうすんの? 本当にスロット止めるの?」

「いや。今すぐってわけじゃないけど、その子の手前さあ……」

「コウタってそんな自分勝手な奴だっけ?」

「つうかさ、オレももう三十じゃん。そろそろ所帯を持ちたい年頃なんだってばよ」

「そんな喋り方しても、私納得できない」

「まあ、しょうがないんじゃないの」タホはポテトをもぐもぐしながら言う。

 そうか、そんなものなのか? 本当に? 私たちの絆は? つながりは? 

「私たちはどうするの?」

 甘えだ。わかってる。

「タホがいるじゃん。なあ」

「うん。オレは別に全然いいよ」

「でも、何で、何で、コウタ、私たちじゃダメなの?」

「そういう問題じゃないだろ」

「私は三人がいいよ」

 そんな言葉を発しなければ良かったのだ。

「ごめん」とコウタが言う。

 コウタの悲しそうな顔を見るのはこれが初めてかもしれない。

 嫌だ、と思った。顔が崩れるのが自分でわかる。

 顔が歪んでいく。

 イヤだ。

 イヤだ。

 この液体は何? 涙だ、と思う間もなく溢れてきた。 

 あーあ、ぶっさいくだろうな、と思う。

 泣きながら、チーズハンバーグを食べた。食べ終わってまた泣いた。ドリンクバーを取りに行ってまた泣いた。

 頭の悪そうな大学生くらいのカップルが頭の悪そうな顔で私を見ている。

 小さな声で「別に違うし」と呟いた。

 席に戻った時には涙が止まっていた。無言でメロンソーダを飲み干した。

「帰ろうか」とタホが言った。

「うん」と私は答える。

 レジの前で、「今日はオレが払うよ」とコウタは言ったけど、約束だから、と私が払った。

 支払い金額は三千円もかからなかった。

 不思議ともう悲しくはなかった。あのカップルのおかげかな。頭悪そうなんて思ってごめんなさい。

 続けるか続けないか。タホはすでに決めている。コウタは違う場所を見据えている。それが成功するかしないかは別問題だとしても。


          ☆


「あのさ、ぶっちゃけた話、この仕事、いつまで続けられると思う?」と私は問うた。誰に。タホに。

「え?」タホはのんびりとした声を出す。「さあ、どうだろうね」

「さあじゃないでしょ。将来どうなるんだろうとかって不安にならないの?」

「うん。だってパチンコ屋がここ数年でなくなるとは思えないよ。それにさ、もしパチンコ屋がなくなってもカジノとか行けばいいんじゃない? もしくは麻雀覚えるとか。株を覚えてもいいかもね。何とかなると思うんだけどな。ギャンブルは世界中にあるだろうし」

「はい?」

「たとえばさ、オレ宝くじなんてゼッタイに買わないんだよ。分母が大き過ぎるから。割が悪すぎるし、手の届く範疇を超えているから。でもさ、人間対人間だったら、勝機があると思うんだよね。どこかしら、何かしら」

「言ってることが全然わからないんだけど」

「オレ勉強が好きだったわけじゃないし、体動かすことが好きだったわけでもないし、テレビとか映画とか、マンガとかネットとかにも興味なかったけど、でも、生きていくことに不安ってあんまりないんだ。それはきっと生命の記憶みたいなことなんじゃないかなって思うんだけど」

「……は? 何? 生命? オカルトの話?」

「けっこう真面目な話なんだけどな。何て言えばいいのかな。オスとメスの役割ってあるじゃん。肉体的にももちろん精神的にも。オスの役割ってメスと違って現実的じゃないんだよね。たとえばオレらが無人島に漂着するとするでしょ。当然、水や食料が必要になるじゃない」

「うん」

「そういう時になってやっとオレの、いや、オスの存在価値が生まれると思うんだ」

「何で?」
「誰かがそれをしなければいけない。でなければ死ぬ」
「どうやって?」 

「迷わないこと」タホは自信に満ちた声でそう言った。

「はい?」

「どこかにゼッタイにあるんだ。水か、食糧か。ない可能性について考えてもしょうがない。ないなら死ぬしかないんだから」

「それであんたはどうやって水や食糧を見つけるの?」

「だから、迷わないんだよ」

「ごめん。よくわからない」

「今のエヴァの設定六のベル確率は?」

「7.44分の1」

「うん。設定一だと8.19分の1。だけどそんなのって偏るじゃない」

「うん。めっちゃ偏る」

「だから、迷わない。冷静に小役をカウントして、見極める。それと同じなんだよ。無人島も。あっちに小川があるかもしれない。こっちに小川があるかもしれない。正解は一つじゃないかもしれない。でもオレはその場所を探せる気がする。正解があるんならね」

「よくわかんないんですけど」

「ごめん」

「要するに、タホはこれからもギャンブルで食べていこうと思ってるってこと?」

「うん」

「あのさあ」と私は言った。「ギャンブルって結局親が勝つようにできてるじゃん。胴元っていうの? 個人がパチンコ屋に勝つことができないようにさ。それについては?」

「それってよく言われてることだけどさ、勝ち負けの概念が違うんだよ。胴元とか親とか国が勝ってるのは勝ってるんじゃなくて商売してるだけなんだ。ギャンブルじゃなくてね。オレは商売をしたいんじゃなくて、勝ちたい」

「よくわかんねー」私はそう言った。「マジわかんない」でもなぜか、笑ってしまった。

「そうかもね」とタホは返す。「ただ、オレはこう思ってる。オスは勝ち続けなければならない。少なくとも日々の糧はそれで得なければいけない。そうじゃなきゃ存在意義がない。オレの中のちっぽけなこだわりだけどさ」

「あんたってそんなマッチョマンだっけ? てか、スロットって結局確率がすべてでしょ。でも確率はあくまで確率じゃん。一日で収束することなんて滅多にないし、観測ポイントによってはバラつきだって出るでしょうに」

 言った後で、私にしては正論だろ、と思った。人は確率を意のままにすることはできない。

「そうだよ。だから、そんなのは目安に過ぎない。大切なのは、慎重に見極めながらも、迷わないこと」

「タホは強いからね」

「でも、それしかないんだよ。オレには。うまく言えないけど」

 私はボソッと呟いた。「じゃあ、メスの役割は?」

 タホもボソッと呟いた。「それは、わかんないなあ……」 

「ねえ、タホって女に興味ないの?」

「ないわけじゃないけど……」

「けど?」

「見つからないんだよね。その問題に関しては、見つける自信もないし」

 言った後でタホは笑った。笑い顔が可愛かったので、私もつられて笑った。

 とりあえず、タホとスロットを打って生きていこう、と思った。とりあえず、という言葉に含まれる矛盾は無視することにして。



つづく

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