仮説と確率のラボラトリー

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まえがき
小説1
小説2


 仮説② 

 「慌てるホームレスは貰いが少ない」



 私の人生にも当然悩みなり何なりがあって、といって、それで一々頭を抱えることはないのだけど、それは降って湧いたように、時折暴れ始める。


 男、という存在だ。

 飲む打つ買うの三要素を好む男は御しやすい。

 というよりも、ギャンブルを好んでパチンコ屋に通う(つまり私たちの稼ぎを捻出してくれる)男は、多かれ少なかれ皆そういう資質がある。

 簡単に言えばだらしないのだ。当然彼らに対して恋愛感情なんて起きようがない。自分の食い扶持そのもののような彼らに恋慕の情など生まれるはずがない。

 私たちはパチンコ屋からお金をもらっているのではなく、パチンコ屋を通して彼ら(彼女ら)からお金をもらっているのだ。私にはダメ人間のモトカレがいた。今思えばそれは小さい頃克服したアトピーのようなものに過ぎない。だけど克服したはずのそれは、時々、寝苦しい夜、膝の裏に溜まった汗と共に復活したりする。

 あれ? 痒い。とうぜん掻く。すると痕に残る。クソ忌々しい。

 男、という存在である。



キミはまだ、幸運にもパチンコ屋に足を踏み入れていないのだから、それでいいじゃないかとも思うけど、一応説明はしておきたい。

 今キミは、数百枚のトランプのカードの中から一枚を引かなければいけない(いけない)。

 トランプには稀に大当たりと書いてある一枚がある。小当たり、というのも、サクランボの絵柄が書いてあるものも、スイカの絵柄が書いてあるものも、ベルの絵柄が書いてあるのも、もう一枚! と書いてあるものもある。

 書いてある絵柄によって、キミは報酬を得ることもあるが、基本的にトランプの中身はハズレばかりだ。

 ともかく、キミはトランプを引かなくてはいけない。
” 

 

 ……そんなファッキンな手紙を見せられて、私は何を言えばよかったのだろうか?

 口から滑り出たのは、心から思ったこと。

「気持ち悪い」

 しかし、まあまあ顔が整っているというのは、コウタにとって弱点にしかなっていないのではないか、と私は思う。

 何不自由なく甘やかされて育った一人っ子。共働きの両親という寂しさと自由。論理系統に重きを置く脳みそ。俊敏な肉体。行動力。目鼻立ちの整った顔。全部弱点にしかなってないじゃないか。

「キミ? ダレ? バカじゃないの?」

 私は胸のうちに燻りそうになったものを、再点火して言った。

「なあ、オレ、こんなの初めてなんだ。頼むよ。どうすりゃいい?」

「雰囲気を作って徐々に差をつめる。以上」

 私は少し苛立っていたのかもしれない。

「何だよ? 雰囲気って」

「そんなのもわかんないでチャラオを気取ってたの?」

「何、怒ってんだよ。おまえ、妬いてんのか?」

「死ね」

「死なない。あのさ、真面目な話。毎日スロットしてる人間ってどう見えるのかな? 実際」

「気持ち悪いでしょ。実際」

「じゃあオレ、スロット止めようかな」

「は? あんた、何考えてんの? 私やタホはどうすんの?」

「おまえらなら二人でも充分やっていけるでしょ。タホなんか一人でも余裕だろうし。それにおまえもいつまでもスロットなんてやってたら婚期逃すぞ」

「は? 婚期? 何、コンキって。そんなのクソみたいな差別用語じゃん」

「すぐ怒るなって。おまえの悪い癖だぞ」

「うるさい。そんな話聞きたくない。私、帰る。タホに明日は休むって言っといて」

 ……。
 

 と、いうわけ。

 というわけでさっきから私は自己嫌悪と共に正座している。

「でもさ」と口に出す。「あんたが悪いんでしょ」

 コウタのことを性的に好きなわけではきっとない。だけど嫉妬心が疼いて仕方がない。もちろん、同じことがタホにあってもきっと同じような気持ちになる、と思う。  

 あーあ。

「どっか遠くに行きたいな」と呟いた後で、遠くなんて行きたくもないな、と思った。

 イライラしている。こういう時タバコを吸う人だったら、スパスパ吸うのだろうけど、嫌煙家の私にそんな魔法の葉っぱは存在しない。どうせ体に悪いだけなんだ、と悪態をついてみる。ああ、残暑だか何だか知らないけど暑いなあ。パチンコ屋の中は寒くて仕方がないっていうのに。嫌いなはずのクーラーをつけてみる。くしゃみが出たので止めてみる。

 ブランデーの瓶に目が留まったが、この暑さだ。飲む気がしない。テレビをつけて、見るものがなくて消して。

 漫画をぱらぱらめくって、面白くなくて、閉じて。

 そうするうちに、虚しくなってきて泣いた。私の人生って何なのだろう。

 くそ、シャワーを浴びてやる。


          ☆


 一人でパチンコ屋に来るなんていつ以来だろう? 休校を知らずに教室に来てしまった小学生みたいな違和感があった。

 何、これ。何を打っていいのかさっぱりわからない。

 いや、厳密に言うと、わからないのではなく、打つ台が見当たらない。

 客層とデータを見比べているだけで、この店で打ってはいけない、というのがすぐにわかる。

 私は存在しないものを探していた。見えないものを見ようとしていた。曇り空に星を探すように。

 誰でもいいから抱いて欲しいみたいな心境で適当な台に座り、一万円札をコインサンドに投入した。

 お金が減っていく。減れども減れども、台は私の欲求を満たしてはくれなかった。 

 負けた。

 完膚なきまでに。

 為す術なく、完敗。

 パチンコ屋の外に出て携帯をのぞくと、タホからメールが入っていた。

――何してる?

 私はすぐに電話をする。

 尻尾を振りながらベロをダランと垂らしてハアハア言う小型犬のように。

「ねえ、タホ、聞いてよ」

「ん?」

 相変わらずぼおっとした声。何か、ほっとした。

「負けちゃったのー」

「ええ?」

「だからさ、今日、タホのおごりでお酒でも飲みにいかない? 残念会」

「今、どこにいるの?」

「――――」

 私のいるパチンコ屋の場所を告げると、タホは本当に来てくれた。普段は行かない(行けない)リストランテへ直行。

 スプマンテのボトルを頼み、瞬時に空けて、それからハウスワインの白をグラスでもらう。

 パルマ産の生ハムにパルミジャーノがたっぷりとかかったサラダ、ハウスワインの赤、ナスとトマトのアラビアータ、ピッツァマルゲリータ。

 タホはもうご飯を食べちゃったから、と言って何も手をつけようとしない。

 店を移動。カラオケ&生グレープフルーツサワー。ちっとも歌わないタホを尻目に「轟けドリーム」を大熱唱。トドロケエエエエエドリイイイイイイイ……生グレ追加。フライドポテト追加。生グレ追加。大絶叫。

 タホは顔色を変えずにセブンスターを深く吸い、時々思い出したようにソフトドリンクをすする。

「今日はありがと。じゃ、また明日ね」と私は深々と頭を下げた。

「うん。気をつけてね。また明日」いつも通り優しい口調で(けれど笑顔は見せずに)タホは言う。

「電話してあげるんだから二度寝すんなよ」

 私の恩着せがましい言葉にタホは「うん」と答える。

「じゃね」

「うん」

 帰り道、私はポロポロと涙を流した。

 どうして欲しいものはいつも二つなんだろう? 一つだったら、何の迷いもなく、それに飛びつくだけなのに。それを一生大切に守っていくだけなのに。

 刺激なんて痛いだけなのに、何でそんなものを欲しいと思っちゃうんだろう? 

  泣きながら歩き続けたが、答えは出なかった。変なロンゲに声をかけられそうになったので、走って逃げた。おかげで涙が止まった。


          ☆


 表面的に何の変わりもない生活は、どこか不思議とビクビク、刺激的だった。

 いつコウタがこの生活を止めようと言い出すのか、そればかりに怯える日々が心地良いだなんて、私はどこかおかしいのかもしれないな、と思う。

 いつになく調子の良い一週間が過ぎた後、めぼしいイベントがなかったのもあって、買い物に出かけた。歩き回って秋冬もののブーツとワンピースを買い、買わなきゃ買わなきゃと思っていたBBクリームを手に入れ、ポール・ジローというブランデーの三十年ものを買い、余ったお金をタンス貯金に回した(十万円くらい)。

 何だか気分がいいので、二人を呼び出し、夜ご飯をおごってあげることにした。ファミレスだけどいいよね、と言いながら。

「めっずらしい」とコウタが言い、「ありがとう」とタホが言った。

「たまにはね。さ、どーんと食べなさい」

 何か勘のようなものが働いたのかもしれないな、と後になって私は思った。


つづく

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