DVC20108 - コピー

なぜかはわからないが、人間存在にとって「自由にやれ」というのが、一番不自由な状態である。
何をすればいいかわからず、困ってしまう経験が、誰にも一度はあると思う。そう、たとえば自由研究という夏休みの宿題を前にしたときなどに。


そこで、日本では「型」というのを教育の柱に据えたのだった。その教育体系はいまもなお生きている。たとえば武道であり、華道、茶道であり、舞踊であり、あるいは芸事である。そこでは「型」を何よりも重んじる。
従来の型を破ることを「型破り」と言い、毀誉褒貶ないまぜで語られ(ラディカルな人には受け、コンサバティブな人には受けない)、基本がなってない人間は「形無し」と言って侮辱される。つまり日本の道とは「型」という通行手形がなければ、どこにも行けないシステムなのである。

日本の誇るマエストロ、小澤征爾の師、齋藤秀雄はこのような言葉を残している。
「型より入り、型より出でよ」と。

そのことを、井上雄彦は「バガボンド」でこう表現している。

「お前の生きる道は これまでも これから先も 天によって完璧に決まっていて それが故に 完全に自由だ」と。

また、「HUNTER×HUNTER」では、クラピカという登場人物が念(という特殊技術)を学ぶ際に、師匠にこういう言葉を授かる。

「制約と誓約」

以下は師の教えを受け入れて、念能力をつくり、育て上げたクラピカの言葉である。

「これは制約と誓約!! 覚悟の証!! リスクはバネ!! 制約と覚悟が大きい程 念は強く働く!!」

というわけで、別に時間制限があるわけでもないスロット生活に活を与えるために、ぼくは今月、1日5台という制約を課しているのです。
半分冗談で、半分本気で。笑


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週刊我評第三十二週「人間、縛りがあるから自由になれる」

しかし、我ながらへったくそな字だな(30回以上書き直してこれだもの)。こういうのを形無しというのだと思います(汗)。

上の写真は初めて完成させた流しマンガンの図(8年くらい前の話)。一九字牌しか切らずに作為的に流局させて、しかも他の3人に鳴かれず、上がらせないって、かなりの難易度ですよね。個人的にはコクシなんかより難しい気がします。これぞ制約と誓約。

さて、8月も終わりが見えてきました。ぼくの省エネ稼働「制約と誓約」は、どういう結末を迎えるのでしょうか。

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