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ちょっと困っている。

今ちょっと困っている。

何について困っているか。

もったいぶってもしょうがないので、単刀直入に言う。
バジリスクである。スロットのバジリスクがさっぱり噴かないのもそのひとつだが、それはどうしようもない。どうしようもないことを考えてもしょうがないので、どうにかなりそうなことを考えている。

何を? バジリスクという物語を、ぼくの目線で捉えなおしてみたいな、と。

が、バジリスクのアニメを見て、 原作の小説を再読して、さて思う。オレの出る幕なくね? 
うん。原作にしろ、アニメにしろ、自己完結度が高すぎて、何かを加える隙がないのだ。言い足すことが見当たらない。
が、それがどんな対象であれ、オリジナルなものを書ききるだけの技量がなければもの書きなどとはいえない。
というわけで、悩んでいてもしょうがないので、とっかかりをさぐってみたい。


バジリスクの原作は「甲賀忍法帖」といい、日本サブカル界(というかバトル系少年マンガ)の父、山田風太郎が面白倶楽部という雑誌で1958年から1959年にかけて連載していた小説である。

1950年代および1960年代の少年少女はこの小説を読んでワクワクしたのだろうな、と思う。それが1980年代の少年マンガの隆盛を促したのは間違いない。ドラゴンボール、北斗の拳、男塾、聖闘士星矢、ジョジョ、すべてこのフォーマットを使っているからだ。

時は慶長十九年四月の末、大御所「徳川家康」の命により、伊賀対甲賀、10対10の忍法合戦を開始する、というのが物語のあらすじである。

慶長19年とはいつぞや? 1614年である。
半日足らずで終わったという天下分け目の大戦「関が原の戦い」から14年、宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で戦ったとされているのが2年前、まだまだ家康は存命だったが、二代将軍、徳川秀忠の時代である。

伊賀と甲賀というのは、言わずと知れた忍者の二大産地であり、まずは舞台の地理を確認しておこう。


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ここが伊賀(現在の三重県伊賀市)。

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そしてここが、甲賀(滋賀県甲賀市)。

ちょっとわかりにくいが、要は山を隔てた隣国である。

コテコテではないにしろ、近畿地方(あるいは近畿よりの中部地方)であり、ということは、朧も弦之介も関西人。

弦之介「朧どの。伊賀は何やあれでんなあ、風流でおまんなあ」
朧「そやそや、弦之介さま。前に言うてはった、あの」という感じの会話がくりひろげられていたのかな、と想像すると、何やキャラちゃうやん、となりますので、そこは目をつぶりましょう。

ともかく、伊賀も甲賀も海のない土地であり、なおかつ山間部であり、かつ粘土質の土壌ということもあり、農業に適しているとは言えず、交通の便の悪さもあり、温泉地でも景勝地でもなく、世に名高い名物もなく、天然の要塞のごとき地理的環境がゲリラ戦に適していたこともあり、ほなしゃあないな、という感じで(たぶん)、傭兵派遣業、しいては忍者という特殊技能を発達させた、という歴史があります。

「甲賀忍法帖」というタイトルどおり、物語の主人公は、甲賀の首領の孫、

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甲賀弦之介。

小説の2ndチャプターでは思い切りネタバレとなるタイトルが書いてある。

甲賀ロミオと伊賀ジュリエット

というわけで、甲賀弦之介がロミオなら、当然、ジュリエットもいる。

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それが彼女、朧。
弦之介が甲賀の首領の孫なら、朧は伊賀の頭目の孫である。

優れた物語はすべてそうだ(と思う)が、ネタバレがあろうとなかろうと、面白いものである。その自信がこのタイトルからはうかがえる。

物語の軸はふたつある。

ひとつは、10対10の忍法合戦、その後すべての少年マンガのひな型になった革新的な能力バトル。
ひとつは、シェイクスピアの悲劇をたたき台にした、愛し合うものを引き裂く運命という古典的ロマンス。

これらがもつれあいからまりあい、ひとつの結末に向けて収束していくというのが、「バジリスク」であり、「甲賀忍法帖」という物語である。

伊賀忍者、甲賀忍者をひとりひとり語っていくと日が暮れてしまうので割愛するが、全員が全員、特別な能力を持った(実にキャラ立ちした)魅力的な登場人物である。
どうして彼ら彼女らはそのような能力を得るに至ったか。
弦之介が朧の案内で伊賀に入ったときの様子を小説ではこう描写されている。


 そうなのだ。まことにさっきから見るとおり、ここはまるで畸型の天国ではないかとさえ思われる。侏儒、せむし、兎唇、音声異常、四肢変形、それはまだまだいい方で、大きな舌がよだれかけみたいに胸のへんまでたれた男や、紫藍色の血管が蔓草みたいに顔じゅうにはっている女や、手頸と足頸がチョコナンと直接に胴にくッついている海豹体の少年や、髪も肌も唇も雪のように純白で、目だけ紅玉のようにあかい少女や。――
 そのかわり、美しいものは、この世のものならぬほど美しい。ただ変わらぬものは、彼らがことごとく端倪すべからざる不可思議の忍者ばかりだということだ。すべてそれは四百年にわたる深刻濃厚きわまる血族の交わりのなせるわざであった。弦之介にとって戦慄をおぼえるのは、甲賀伊賀の争いよりも、おたがいが内包するこの血の地獄相であったのだ。
「甲賀は伊賀に勝つために、伊賀は甲賀に勝つために、たがいに内部で血と血をかけあわせ、不可思議の忍者を生み出そうとする。そのための犠牲者があれだ。愚かとも恐ろしいともたとえるに言葉もない!」
 思わず弦之介の声は、ふるえをおびてたかくなった。
「朧どの、誓ってこれを打破しよう。まず、甲賀と伊賀とだけでも血を混ぜよう、そなたと、わしと!」
「はい! 弦之介さま!」
「そして、おたがいに卍谷と鍔隠れの谷をしめつける鉄環をとりのぞいて、まッとうなひろい天地と風をかよわせるのだ」” 


要は、 甲賀(伊賀)と戦うためだけに、伊賀(甲賀)はそのような生物兵器を産出しているということで、その生物兵器を産み出す過程で、たくさんの犠牲が出ている、ということである。

極めて陰惨な状況であるが、弦之介は崇高なる理想主義者である。
朧も同様に、天真爛漫、純粋無垢な理想主義者である。 

それに反して、弦之介を除く甲賀者も、朧を除く伊賀者も、ほとんど全員が、相手との戦争を望んでいる。望んではいるのだが、不戦の約定という取り決めがあり、それに逆らうことができない。
それでも互いの恨みは消えず、いつの日か怨敵をこの手で葬ってやろうと己が鍛錬に励んでいるのが、伊賀忍の務めであり、甲賀忍の務めなのだった。

哀しいことに、伊賀忍も甲賀忍も、ほどんど全員、良い奴なのである。甲賀の忍者が伊賀に抱く気持ちと、伊賀の忍者が甲賀に抱く気持ちの本質は同じである。
「愛すべき者のために倒さなければいけない敵」という認識。それは愛国心という言葉でも、家族を大事に思うという感情でもいい。ともかく、自分よりも大きなものに属しており、そのためならば何でもするという、奉公の気持ちである。
にも関わらず(というか、だからこそ、というべきか)、伊賀忍も甲賀忍も、自らのトップに全幅の信頼を置いており、トップが決めた祝言(伊賀の次期頭目と甲賀の次期首領の祝言)、すなわち伊賀と甲賀の縁組を、渋々ながら受け入れる、というのが、物語の前夜的な状況であった。

が、物語の開幕とともに、その呪縛が解ける。

テンゼンの名セリフ「不戦の約定解かれ申した!!」である。

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そう、この物語にはひとりだけ悪い奴がいる。
ということで、物語を紐解くとっかかりとして、その男「薬師寺天膳」について、語っていこうと思う。

つづく

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