何かにつけて、予想が苦手です。はい。
 
いまさらだけど、W杯2010南アフリカ大会で優勝するのはドイツだと思っていた。しかしドイツはスペインに対し、過剰なリスペクトを払ったせいで負けた。当時若干二十歳だったミュラーの出場停止も大きかったが、それはいいわけにはなるまい。そして今回、ぼくはブラジルが優勝すると思っていた。が、チームとしてブラジルは崩壊した。まさかブラジルに、フォワードとボランチが不足する日が来るとは思わなかった。まさかあれほどまでにネイマールJrに依存したチームだとは気づかなかった。いや、気づきたくなかったのかもしれない。ナンダカンダでブラジルはやるだろう、と思っていた。つまり、そこで思考停止状態に陥っていた。

たしかに、サッカー王国はブラジルかもしれない(そこは疑う余地がない)、しかし、サッカーという競技が日々進化する現場は、明々白々に西ヨーロッパである。人材がどこからやってくるにしろ、日々行われる試合のレベルが違いすぎる。ロッベンやメッシやクリロナやイブラヒモビッチというようなパーフェクト超人たちとやりあうには、西ヨーロッパでプレイをしなければいけないのだ。もちろん、ワールドカップに出るほとんどすべてのチームの主力選手は西ヨーロッパでプレイしている。となると、サッカーという球技の戦術は、いかに西ヨーロッパ的であるか、が軸になってくる。四年前までは、その戦術は「ポゼッション」にあった。それはスペインであり、バルセロナであり、シャビであり、イニエスタだった。が、今は違う。対ポゼッションサッカー、強固な守備力と柔軟な攻撃、つまり臨機応変な対応力を担保にしたカウンターのサッカーである。そんな気がする。

「コレクティブな連携+体格+個人技、そしてマネー」

世界で一番でかい男のいる国は、オランダである。そして北欧であり、ドイツである。その恵まれた体格の人間が、足元の技術と、スペイン流の戦術を、さらには多民族の融合という柔軟さまで併せ持つ。セービングはもちろんのこと、足元の技術をもったゴールキーパーがいる。時にはがっちりと引き、電光石火のカウンターで一発でしとめる。いざとなれば120分引くことで、点を決めさせないサッカーができる。引くことの担保は超絶的な攻撃の選手。

どうすりゃいいんだ? 日本を主語にすると悩むしかない。マジで、どうすりゃいい?

体格の劣位をチームでカバーしようとしたチリもメキシコも、結局はベスト16の壁にはばまれてしまった。いかにファールを受ける技術に長けていても、いかにすごいドリブルのある選手がいようとも、それだけで勝てるほど、今のサッカーは甘くない。言うなれば、完全なる組織のうえに、そのうえに、超人というオプションのあるチームだけが勝ちあがれるパーフェクトゲームなのである。
今回、そのパーフェクトゲームの頂点に立ったのは、強固な肉体とハードワークを厭わない献身を組織で体現したドイツだった。たしかに、メッシやロッベンに相当する超人はいなかったかもしれない。でも、名実ともに世界一のGKノイアーがいる。ラームがいる。ボアテングがいる。フンメルスがいる。メルテザッカーがいる。ケディラがいる。シュバインシュタイガーがいる。エジルがいる。クロースがいる。ミュラーがいる。ゲッツェがいる。(ザレジェンド)クローゼがいる。何より彼らには一体感があった。つまり、今回のワールドカップは、ドイツが優勝することに決まっていたのだ。

というように、後になれば何とでも言える。けれど、それを事前に予想できなければしょうがない。が、ぼくはこの予想という行為がひどく苦手なのである。

一緒にクイズ番組を見ていると、ぼくの両親はしょっちゅう 「これはAだね」とか、「これは、サバだ」とか、パネラー気取りで言い放つ。
「so what?」といつも思う。
当たると「ほら」と胸を張り、外すと「そっちかあ」と悔しがる。
「だから何?」とぼくはいつも思ってしまう。

ぼくは自分の引き出しの中にあるものを外に出して「これだ」というのは嫌いではないが、自分にないものを求められるのが苦手である。たとえば数学が苦手だ。サスペンスも苦手だ。犯人探しをする理由がわからない。ぼくにとって、その不可解な殺人事件の真相を探るよりも、バジリスク絆のBC5スルー台を探すことに力を注ぎたい。公営ギャンブルにいまいち身が入らないのも、ぼくのその性格によるところが大きいような気がする。適当な答えを言いたくない。出したくない。だいたい、現実を構成しているファクターが多すぎる。予想は予想をして「はい、おしまい。チャンチャン」と終われるものではない。予想とは、一度予想したら最後、永遠に予想を続けなければいけない円環の理の中に入る、ということであり、つまり、めんどくさい行為なのである。未来がやってくるのではなく、現在が永遠に続く。ぼくはそのような時間概念を持って生きている。だから未来とは幻想である。我々はどこまでいっても現在しか歩けないからだ。未来を予想するとは、そのような矛盾の中にある。ぼくはできることとできないことを分けて考えたい。だから観察を続ける。じっと目を凝らして。耳をそばだてて。そして、終わった後で、ああだこうだ言う(最低だな笑)。

ワールドカップは終わった。これで三大会連続でヨーロッパのチームがチャンピオンに輝いた。この流れは続くのか。それとも南米の逆襲はあるのか、はたまたアフリカの、それともアジアの躍進はあるのか? 予想ではなく、問題を提起して終わろう。
「サッカーにおける西ヨーロッパという世界の中心に楔を打ち込むものは何か?」
……うーん。でも、文章にした以上、オチは必要だ。わかった。最後に小さな声で(こっそりと)言う。

「サッカーにおける西ヨーロッパという世界の中心に楔を打ち込むものは何か?」

「もし、そんなことが起こるとしたら、どんな場所だろうか?」

その国はサッカー不毛の地と言われ続けてきた。が、最近の様子を見ると、どうも、変わってきているような気がする。現在の監督がクリンスマンなのも、何かの布石に思える。資金はたっぷりある。人材も豊富にいる。ただ、文化がないだけである。その文化も、移民たちの手によって、構築されつつある。

その国の名は「アメリカ」

アメリカの台頭があるのではないか、ぼくは(ちょっぴり)そう思っている。何年後かはわからないけれど。


ともあれ、祭りは終わった。観戦した人、プレイした人、ジャッジした人、お金を賭けた人、勝った人、負けた人、泣いた人、ワールドカップにたずさわった世界中のみなさま。おつかれした!

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